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デジャヴュと思えるような光景が、目の前に広がっていた。
部室の机の上には、十二枚の紙芝居の下絵があったのだ。
「し、四条君……」
ぐすんと湿った声の私に、「今回は、伍代も描いたし」と、四条君が言った。
「お、おまっ! 俺は、だから。……すまん」
いきなり伍代君が、謝りだした。
「俺、間違ってた」
伍代君はそう言うと、「俺、すごく嫌な奴だった」と言った。
「四条は絵が上手いから、だから、四条に任せるのが一番いいと思ってた。でも、週末、四条と一緒に下絵をやって。それ、違ったなと思った」
伍代君は、そう言ったあとしばらく黙り、そしてまた話し始めた。
「四条に任せたのは、四条なら上手くできるから。逆に言えば、上手くなけりゃだめだって思いがあったんだ。背景の色塗りも、俺と四条でやってしまった。それがいいと思ったけど、そのいいって思いの中に」
ごめん、三矢さん、と伍代君がぺこりと頭を下げた。
「他の奴には任せられないって思いが、あったんだと思う」と言った。
「俺、傲慢だ」
「そうかなぁ。でも、わかるけど。その気持ち」
いいものを作りたいって思いは、何をするにしても誰にでもあることだから。
「そう言って貰えると助かる、って、こんな大事な時に、双葉は来なくなるしさぁ。昨夜、突然だもんな、サークル抜けるって。もう、それ知った以知子が、大騒ぎで」
大変だったよ、と伍代君が言うと、そりゃ大変だったなぁ、と四条君がいたわりの声をかけていた。
昨夜?
「三矢さんのとこにも、連絡あった?」
「あ、はい。うん。ええ」
あれ?
私に話す前に、みんなに相談済みなのでは?
あれ。
もしかして、私が引きとめる役だったとか?
「こんな肝心なことなのに、夢、見なかったし」
伍代君が言う。
「……夢?」
なんのことだろうと首を傾げると、伍代君の顔が青くなった後、ぱっと赤くなった。
「あ、俺は、だから、今のは」
伍代君が焦って言う。
すると、四条君は伍代君の頭をぽんと叩いた。
「三矢さん、ぼくが去年コンテストに出たのって、伍代に言われたからなんだ」
話が変わる。
「あ、え? そうなの」
「おまっ! 四条」
「ぼくに言われたくないなら、伍代が言いなよ」
四条君に促され、伍代君は、あーとか、うーとか言いだした。
「俺、見たから、四条がコンクールに出るのを」
「ふーん。そうなんだ」
でも、どこで見たんだろう。
「あぁ、もう、三矢さんは! だから、見たの、夢で! 四条が、大きくなった四条が、手芸の布を持って、何かのコンテストに出て優勝するのを」
「……夢で」
「ぼくが中三で、入院したとき、伍代にそう言われた」
「中三。入院」
はて、と首をひねる。
コンテストは、高校に入ってからだ。
どういう意味だろう。
そんな私の様子に、伍代君は焦れたようになる。
「歩道を歩く女の子。その後ろには、彼女の物語を聞くために集まった子どもたち。女の子は、公園まで子どもたちを引きつれ歩いた。まるで、ハメルーンの笛吹き男のように」
「……はい?」
「見たんだ、三矢さんの夢を。子どもたちを引き連れて歩く三矢さんの姿を。そしてその三矢さんに向って、声をかける双葉も」
「うん。……え?」
伍代君は、何かを決心したような顔で私を見ている。
これは、冗談なんかじゃない。
「夢のお告げ通りだ」
双葉のあの言葉には、別の意味があったってこと?
「否定しないで、とりあえず信じて欲しい」
岡村さんだ。
「あっ、そうか。そういうことか」
伍代君が、私のことをろくに知らないのに、双葉経由で誘ってきたのも、伍代君でなく双葉が来たのも、こういうことだったんだ。
「引くよね」
「引かないよ」
だって、伍代君の「夢」があったから、今、私はここにいるんだもん。