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見せる、見せないで伍代君ともめる。
見せないと言われると、ますます見たくなるのが人情だ。
「わかった。私もとっておきの、恥ずかしいのを見せるから」
伍代君の返事も聞かず、私は彼に近づくと、「ここ、よーく見てて」と自分の耳たぶを指す。
「ちょっと、三矢さん、近いって。……え、ええ?」
伍代君は、私の動く耳たぶをじっと見た後、「すげー。俺もしたい」と言った。
すげーと思ってもらえたのは良かったけど、そのあとが良くない。
……困った。
「これさ、自分でするのは簡単だけど、人に教えるのは」
非常に難しいのだ。
これは、説明でどうのこうのというよりは、感覚というか、そんな感じで私はやっていたから。
さて、伍代君に、どう説明したらいいかと、少し悩んだ。
少し悩んだけど、やっぱり答えは出なかった。
なので、仕方なく、私は伍代君の耳たぶを引っ張った。
「うえ、いてて」
伍代君が顔をしかめる。
と、一瞬、背中にすーすーと風があたった気がしたので、振り返ったのだが。
―― 誰もいなかった。
幽霊だったりして、と笑おうとしたが、岡村さんの言葉がここで出てきた。
岡村さんは、これから先私が、超常現象とか怪奇現象にあうようなことを、言ってなかったっけ?
「伍代君。今、冷気を感じなかった?」
「あ?」
伍代君は冷気どころじゃなくて、耳たぶに忙しいようだった。
「冷気はないけど、これ、動いているかな」
伍代君、眉毛は動いているけど。
「あのさ、もうそれは家で練習しなよ。ってことで、イラスト見せて!」
「三矢さんも、しつこいなぁ」
伍代君はため息をつくと、「今度持ってくる……かも」と、言ってくれた。
やったね。
ということで、今日の作業は、ここまでにしようということになった。
「あ、まずい。カバンをロッカーに忘れてきた」と、五代くん。
「待っているから、取ってきちゃいなよ」と私が言うと、ごめんと言って、伍代君は走り出した。
一人になった部室で、ずらりと並んだ絵を眺める。
これ、私の物語だ。
そう思うと、じーんとしてきた。
早く、ミチカに見せたい。
その時、トントンと扉がノックされた。
今度こそ、なんちゃら現象かと思いドアを開けると、そこには女の子Aが立っていた。
「あ、え、え?」
どういう反応をしていいのか分からず、言葉に詰まる。
Aさんは、ひょいと部室を覗くと、そこに絵が広げられているのを見て、「見学してもいい」と聞いてきた。
「あ、うん。勿論」
どうぞどうぞと、Aさんを招き入れる。
「これ、描いたの?」
Aさんに聞かれたので、「四条君が下絵を描いて、その上にみんなで色をつけて」と説明をした。
今度こそ、入サークルだろうか。
するとまた、扉がノックされた。
「文芸部さん、じゃなくて、紙芝居サークルさん」
隣の、家庭科部の人だ。
「え、あ、はい」
Aさんがいることを気にしながらも扉を開けると、手芸部二年の石田さんが立っていた。
「ごめんね、作業中。今さ、職員室から内線が入って、文芸部さんの部室は接触が悪いみたいで、連絡つかないっていうから」
部が潰れると、電気の接触まで悪くなるのか。
思わず、苦笑い。
「三矢さん、ありがと」
戸口に立つ私の横を、Aさんが通る。
「う、うん。あのさ、ほんと、よかったら、是非……入って」
凄い勢いで立ち去るAさんの背中に声をかけながら、それが無駄にも思えた。
「彼女、入りたいって?」
石田さんに聞かれた。
「わかんない」
私の答えに、石田さんが肩をすくめた。
ちょうどそこに、伍代君が帰ってきた。
伍代君は私の顔を見ると、ほっとしたような顔になった。
「今、職員室で、この付近に不審者が出るって聞いたからさ」
「そうそう、それね。私も今、三矢さんに伝えようと思って」
帰宅するとき、お互い気をつけようね、と石田さんと言った。
部室に入った伍代君が、「片してくれたんだ」と言ったので、「なにを?」と聞いた。
聞きながら、机の上を凝視した。
「うそ」
机一杯に広げてあった、完成間近の紙芝居は、影も形もなくなっていたのだった。