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結局初日は、絵具を塗っておしまい(色鉛筆隊、出番なし)だったが、翌日からは、まるでブルドーザーのように、私たちは色を塗りまくった。
最初こそは色の塗り方もぎこちなかったが、数をこなすうちにコツも掴めてきた。
木曜は、伍代君と私で作業をしていた。
二人で、担当分けをしていなかった小物類を塗っていた。
塗り一つとってもセンスはあって、コツが掴めてきたとはいえ、伍代君と私の差は歴然としていた。
「伍代君、絵、上手でしょ」
伍代君に、ずっと聞きたくてうずうずしていたことを、ようやく聞いた。
すると伍代君の動きは止まり、「ぜ、全然。全然だよ」と反論してきた。
「あら、夢。なにが全然なのかしら?」
音もなく(きっとそっと扉を開けたのだろう)、岡村さんの登場だ。
「今ね、伍代君に、絵が上手いんじゃないかって、聞いていたとこなんだ」
妹なら知っているだろうと、岡村さんにふる。
「木曜は、これだから……」
これだから?
岡村さんと私で、顔を見合す。
「これだからって、なによ、夢。美少女二人に囲まれて、うれしかろ?」
び、美少女。
「あの、私はその役はパスなんで」と言うと、「わかったわ」と、こっちが肩すかしを食うくらいあっさりと、岡村さんは了解してくれた。
いいんだけどね。うん。
「夢は、絵、上手よ」
「う、上手くなんかないよ」
伍代君が反論する。
「あのね、自分がしていることに自信がなくて、どうするの」
その言葉に反応する。
「岡村さんは、自信……あるんだよね」
わざわざ聞かなくてもわかることだけど、つい聞いてしまった。
「自信なくして、人前で声なんか出せません」
少しよそいきの声で、岡村さんが言う。
そして腰に手を当てると、「迷える子羊さんたちに、教えましょう!」と、私と伍代君の前に仁王立ちした。
「リピート アフター ミ―! 自信とは」
「じ、自信とは」
私が繰り返すと、岡村さんは満足そうにほほ笑む。
伍代君ってば、繰り返さないし。
「『ある』ではなく、『持つ』ものである!」
「『ある』ではなく、『持つ』もの……。ん? 持つもの?」
「そう、こうね、斜め上にある『自信』って奴を、少しジャンプしてぎゅっと掴む。掴んだら持つ。離さない。私にとっての自信とは、つぅーまぁーりぃー、そういったもんです」
岡村さんが、コホンと咳をする。
「ミス ミツヤ! ドゥー ユー アンダスタン?」と岡村さんに聞かれたので、「い、いえす」と急いで答えた。
「で、夢君、夢君よ。君が掴みたい『自信』あるでしょ。美少女とか、美少女とか、美少女とか」と、岡村さんが、やたらと美少女を連呼する。
「……三矢さんに引かれるし」
岡村さんに詰め寄られ、じりじりと伍代君が後ずさる。
「え、なに? 引くって、私がしていること以上に引くことってあるの?」
物語のアレンジをすることが好きだと言っても、その方向が昔話や童話だったりするせいで、私は微妙な顔をされることが多かったから。
そんな私の返事に伍代君は、ちらりと岡村さんを見ると、ため息をついた。
岡村さんは、にやにやと笑っている。
「イラスト」
伍代君が言う。
「イラスト?」
イラストって、絵を描くってことだよね。
それは、四条君と同じってことじゃないのだろうか。
「あの、俺が描くのって。……つまり、三矢さんにわかりやすく言うと、アニメとか漫画とか」
「え? 伍代君って、漫画を描くの?」
「あ、その、ストーリーは描けないから、漫画そのもってことじゃなくて、そのイラストだけっていうか。そういう意味で。三矢さんにわかりやすい意味で、使ったんだ。そのイラストが、漫画っぽいっていうか」
四条のは、違うだろ、と伍代君。
「ちゃんとした絵」だろう。
「夢の描くイラストはね、それはそれは美少女で、美少女で、美少女なのよ」
「美少女で美少女」
あれ、確か以前も岡村さんの口から「美少女」って言葉が、出たような。
「あぁ、……だから、『三人の姫の物語』?」
うーと、伍代君が唸る。
「だからぁ、私ぃ、あれならぁ、お兄ちゃんのぉ、趣味をいかした紙芝居がぁ、できるとおもってぇ」
誰だ君は、ってな声で岡村さんが言う。
「だからぁ、俺の絵は、そういうんじゃないって言っただろ」
もう、本当に以知子は、と伍代君が怒る。
「あっら~。タイムアウト! 申し訳ないけど、本日はこれにて失礼!」
岡村さんがそう言うと、「あいつは、いったいなんなんだ」と伍代君がぼやいた。
そんな伍代君をじっと見て、「絵、見たいなぁ」と言うと、伍代君がむせた。