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「まぁ、本当に残念だけど」
さっきも聞いたような台詞を言ってくる山中先生は、どう贔屓目に見てもやっぱり残念そうじゃなかった。
残念っていうよりも、どこかすっきりとした、もっと言わせてもらえば晴れやかな顔にさえ見えた。
まぁね。
廃部寸前の部の顧問でいることは、生徒である私には想像もつかない面倒さがあったんだろうなとは思うけど。
でもよ、表面上だけでもいいから、せめて今だけは残念そうな顔を見せて欲しかったって思うのは私のわがままでしょうか。
先生は、私がちゃんと聞いているかを確かめた後、「部室にある私物は持ち帰るように」とか、「それ以外は特にすることはないから」とか、そういった後始末的なことを話し出した。
あぁ、そういえば部室があるのをいいことに、私物をあれこれと置いていたなぁと思い出し、それを全部持ち帰らなくちゃいけないってことを考だすと、軽くめまいがしてきた。
部室に置いてあるのは、ほとんどが本だった。
本は重い。
……重い。
何か打つ手はないものかと考えつつも山中先生の言葉に頷くと、自然と先生の足もとに目がいった。
顧問の、いや、もと顧問の山中先生は30代半ばの国語の先生だ。
授業になると大声でテキストを読みながら、ずったずったと教室を歩き回るのが特徴といえば特徴の先生である。
元気はいい。
見た目もそう悪くはない(しかし、いいというわけでは全くない)。
そう考えると、足元にももう少し若さというか覇気があっていい気がした。
日曜大工センターの入り口に、セールの赤文字に飾られどっさり積まれているような茶色のビニサンは、どう考えてもいただけない。
しかもこのサンダル、右側の甲のところが既に破れかかっていて、余計にくたびれた感じを醸し出していた。
さらにそのサンダルに包まれた靴下も微妙なものだった。
普通の黒の靴下なんだろうと推察するけど、ところどころ肌の色が透けるくらい繊維が薄くなっている箇所があるのだ。
まさか初めからこういったデザインとは思い難い。
古いものを最後まで大切に使っているというよりは、無頓着でそのまま履いているって感じだ。
先生は、独身だったはず。
お嫁さんがいてこれなら、また面白いっていえば面白いけど。
ふと、顧問が山中先生じゃなかったら、クラブは潰れなかったんじゃないかって思った。
……いや、それは被害妄想か。
潰れたのは部員が集まらなかったからなんだし。
そして集められなかったのは私だ。
「なぁ、三矢。おまえ、このままどこのクラブにも入らないつもりか」
つもりもなにも入りたいクラブはもうないんですけどっ、なんて突っ込みを心の中で入れる。
「そんなの。……わかりません」
うちの学校は部活は必須じゃないから、このまま帰宅部になろうかなって実は思っていた。
「三矢の気持ちはわかるけど、あれだぞ、高校時代に何かに打ち込むのは、いいことだぞ」
どっかの本に書いてあるような、なんかのドラマで熱血教師が言いそうな、あったーりまえのことを言うと、先生は満足そうに頷いた。
「きっとおまえの才能が生かせるところがあるはずだから」
はぁ?
才能?
あるか私にそんなもん。
だったら教えてくれよってな言葉をぐっと飲み込むと、私はわざとらしい笑みをはりつけた顔を先生に向けた。