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「早いね」
「北風と太陽と雲」の紙芝居用原稿を渡すと、四条君は頷いた。
これは、昨日、双葉と図書館で作ったものを、パソコンでうちなおしたものだ。
メールで、予め四条君のクラスに(なんと隣だ)原稿を届けに行くと伝えていたので、ことはスムーズに運んだ。
「四条君のほうは、どう? 絵は、どんな感じ?」
色は付けないし、細部は描きこまないとはいえ、やることはたくさんあるだろう。
「うん、まぁ、なんとかなりそうだよ」
そう言うと四条君は、二作目以降の紙芝居の場面を描いた、例の紙を渡してきた。
「そんなに早く進んだのなら、絵が出来るまでの間、次の作業に手を付けてもいいかなぁと思って」
伍代と双葉には伝えてあるから。
「ぼくは、下絵を描きたいんで帰宅するけど、二人と予定を擦り合わせて、次回作を決めてくれるといいかなぁと思って。決まったら、今回のように、場面案のチェックをしてもらってさ」
「あぁ、なるほど。それもそうだね」
「以知子も、今週はクラブが休みの時があるんで、顔を出すって言っていたし」
「岡村さんも?」
「うん。昼休みにでも三矢さんのところに、予定を伝えに行くと思うよ」
それは、頼もしい。
「三矢さんにしてみたら、ちょっと、せわしないとは思うけど」
「構わない。忙しいの、好きだし」
四条君はそれはよかった、と言った後、「そうそう、これ」と、お勧めの最中の入った紙袋を私にくれた。
四条君の言うとおり、昼休みに岡村さんは私の教室まで来ると、自分とあと二人の今週の予定のメモを見せてくれた。
「岡村さんは、木、金と大丈夫なんだ」
放送部は、基本毎日あるそうだが、一年と三年の学年活動日が入るため、その二日は休みになったらしい。
伍代君は木がOKで、双葉は金がOKとなっていた。
「私は、両方大丈夫だよ」
「ってことは、メインは三矢さんと私ね」
じゃ、放課後ね、と軽やかに去っていこうとする岡村さんに、思わず声をかけた。
「あ、岡村さん。あのさ」
くるりと、岡村さんが振り向く。
「あのさ、大丈夫かなぁ」
そう言った後、私は、紙芝居を読むときにはいろんな指示があるんだよね、と伝えた。
「ふっ。三矢さん、私を誰だと思っているの?」
岡村 以知子さんでしょ、といった答えは、ここでは通用しないのだろう。
「岡村 以知子に、死角なし」
あなたは、スナイパーかっ。
「紙芝居を読ませたら、泣く子も黙る、岡村 以知子なことよ!」
ほほほ、と岡村さんが笑う。
……岡村さんって、こんな人なんだ。
顔のすっきりさとは違い、結構熱い。
そして、自分にすごく自信がある。
「任せて」
岡村さんの声が、とても頼もしく聞こえた。
「任せる」
自分の顔が、笑っているのがわかった。
任せられる相手がいるのって、気持ちがいい。
――が。
「え~、こっちがいい」
岡村さんが参加したことで、次回作選びは難航していた。
「だってこれ、お姫様ばかりじゃないか」
岡村さんが推すのは、シンデレラと白雪姫と眠れる森の美女の三姉妹が繰り広げる、「三人の姫の物語」だ。
私が書いた中でも、思いっきりの、幸せ女の子の物語。
「だって、私、お姫さまが好きだもん。お姫様声で、朗読したいもん」
「だからぁ、以知子が読みたいとか、そういった理由じゃだめなの」
黙りの冠を返上の勢いで、伍代君が応戦しだした。