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連れて行かれたのは、駅の裏ではなく、駅の側にあるドーナツ屋さんだった。
「とりあえず、三矢さんの奢りね」
なにがとりあえずなのか不明だけど、次回がないことを祈りながら、大人しく二人分のドーナツと三人分の飲み物を頼んだ。
ドーナツが二人分なのは、私のお財布事情だ。
「で、なんで?」
なんで言ってくれないの? とAさんに言われる。
「約束したよね」
約束っていうのは、双方合意のもとに行われるものだと思っていたけど。
「それって酷くない?」
酷いか酷くないかと聞かれたら、彼女たちにしたら私は酷いのだろうから、何も言えない。
「紹介してくれるって言ったよね、双葉君を」
まるで黙りの伍代が降臨したかのように、私は何も言えなかった。
私が何を言ったところで、彼女たちは受け入れないだろうとわかっていたから。
彼女たちが欲しいのは、双葉との場を設けるという、私の言葉だけだから。
もしかしたら、双葉と知り合ってすぐなら、そんな軽いことも頼めたかもしれない。
でも、なんだろう。
そういったことを頼むのは、ちょっと違うんじゃないかなって思ったのだ。
大袈裟かもしれないけど、自分の保身のために友だちを売るような気持ちになったのだ。
双葉は友だち。
全く、なんてことだろう。
まさか、自分が「二股双葉」に対して、そんな風に思うなんて。
でも、それは理屈じゃないんだ。
そう思ってしまうんだから、しょうがない。
「あれ、三矢さん探していたよ」
ひらひらと手を振りながら、なんと双葉が現れた。
私もぎょっとしたが、目の前の二人もそれ以上にぎょっとしたようだ。
「あれ、確か葛原さんと保品さんだよね」
そうそう。そういうお名前だった、さすが暗記の神。
名前を呼ばれると、二人とも顔を赤くした。
こうしていると、本当にかわいい女の子たちなのだ。
「三矢さん、四条がさ、三矢さんに聞き忘れたことがあるなんて、寝ぼけたことを言いだして」そこの駅で待っているから、悪いけど今すぐ行ってくれる? と双葉は言った。
そして、私を席から立たせると、「これもらっていい?」と私のドリンクを指した。
話の流れとして、頷くんだろうが。
……が。
私が頷いたとして、双葉はこの先、どうしようというのだろう。
「じゃあ、三矢さん。また明日ね。四条によろしく」
双葉は、立っている私にバイバイと手を振ってきた。
そして女の子たちに、「ってことで、ぼくが三矢さんの代わりに、お茶してってもいいかな」と告げたのだ。
二人は、ぼーっと双葉の顔を見た後、ぶんぶんと勢いよく首を上下に揺らした。
まさか、これって。
双葉が、あっちいけあっちいけ、と手で私を追い払う仕草をしてきた。
思わず、何歩か後ずさってしまう。
でも、そんなわけにはいかないと、前に進もうとした私のおでこに、何かが飛んできて当たった。
「あ~、ゴミ箱に入らなかったかぁ」
机の上の紙ナプキンを丸めたものを、双葉が私に投げたのだ。
「やだぁ! 三矢さんに当たったみたいよ」
嬉しそうに、葛原さんだか保品さんが言う。
これは、帰れってことだ。
双葉は、本気だ。
私はおでこを押さえながら、くるりと踵を返すと、挨拶もせず足早に店を出た。
駅には当然、四条君はいなかった。
電車の席は空いていたけど、座らなかった。
開かない側の扉の前に立ち、徐々に暗くなる外を眺めていた。
ふいに映った扉のガラスには、悔しそうな顔して泣く誰かさんの顔があった。