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声の調子だけでなく、紙芝居には、さらに指示があった。
「さっと抜く」
「ゆっくりと抜く」
紙芝居のこうしたさばきかたは、劇でいえば演出に当たることなんだろうな。
声の調子も合わせ、こういった演出を実践するのは、岡村さんだ。
岡村さんは、今日は欠席だ。
本分である、放送部に出ていた。
「最悪、以知子は、読むときだけの参加になるかも」
それは、ファストフード店で、告げられていたことだった。
つまり完成した紙芝居を彼女に渡し、個人練習で本番に臨むってことだ。
パラパラと紙芝居を捲りながら、上演当日、一番負担がかかるのは、岡村さんなんだなと改めて思った。
放送部だって忙しいだろうに、紙芝居まで大丈夫なんだろうか……。
それとも、私にとっては難しく感じることでも、岡村さんにとっては朝飯前だとか?
大丈夫といえば、もう一つ気になることがある。
「ねぇ、四条君。絵は一人で大丈夫なの?」
そう聞くと、「一人じゃないでしょ」と返ってきた。
「下絵はぼくが描くけど、色はみんなで塗ればいいことだし」
「え、そんなことしていいの?」
てっきり四条君は、最初から最後まで、一人で完成させたいのかと思ったから。
「作品、じゃないから」
でしょ、と四条君が言う。
「あぁ、そっか」
そっか、そうなんだと納得する。
「作品なら、一人で仕上げるけどね」
うんうん、と大きく頷く。
何の接点もないと思っていた四条君と、もの作りってところでわかりあえるのが、楽しかった。
そうしている間にも、伍代君と双葉は私の原稿をどんどん読んでいた。
そしてそこに、四条君も加わった。
静まり返った部屋の中、原稿が捲られる音だけが聞こえる。
むずがゆい。
まるで、心のレントゲンを、撮られているようだ。
けど、嬉しいとも思ってしまう。
ここらへんの気持ちの妙さをわかりやすく言うのなら、指圧の時の「痛気持ちいい」って感覚と、同じじゃないかって思う。
痛くても、やめられませんなぁ、ってことで。
「三矢さんの、一押しの物語はどれかな」
ふいに、伍代君に聞かれる。
「うーん。一押しかぁ。そうだね、この間の『北風』かな」
そもそもが有名な話だし、それに子どもたちの反応も良かった。
手ごたえがあった。
それに四条君も、「絵が浮かぶ」って言ってくれたし。
もし、一作だけならこれかなぁ、と思った。
伍代君が、ぱらりと原稿を捲る。
そして、四条君に向い「どう?」と聞いていた。
大きな四条君と、それなりの伍代君。
二人が仲良く顔を突き合わせているは、私に何かの物語を想像させた。