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そうそう。
そーいうこと。
プロじゃないのに、なにを偉そうなこと言ってと思うかもしれないけど、あるのだ、心の中に。
他の人から見たら、アホらしくてちっぽけな、でも自分にとっては大事な気持ちが。
それに、あの三年生の二の舞にはなりたくないなぁといった気持ちも、正直ある。
「冬のある日、北風は太陽のところにくるとこういいました。太陽さん、太陽さん。あなたとぼくのどちらが偉いかを決めませんか」
双葉はそう言うと、私ににこりと微笑んだ。
え、なに?
それって、さっき私がミチカたちにしたお話じゃない。
私が驚いているのがわかっているくせに、双葉は構わず話を続けた。
「そうきたか、双葉。あいつ、暗記が得意なのよね」
岡村さんがこそりと言った。
「地歴公民、毎回満点」
「ひっ」
「いやみな男よね」
いやみ、っていうよりも、すごい。
そして、あれよあれよと言う間に、双葉はほぼ完璧に「北風と太陽と雲」を語り終えた。
「いいね。絵が浮かぶよ」
「私だって、今の双葉よりうーんと上手に語れるわ」
思いがけずもらった、四条君と岡村さんの感想に、どきまぎとする。
「単なる力比べで終わらなかったところが、好きだった」
伍代君の感想だ。
感想はうれしい。
私の物語は、いつも小さい子たちが相手なので、笑ったり泣いたり、お話の最中のその子たちの様子といったものを、「感想」として受け取っていた。
文系部の先輩が在学中は、今みたいな感想を貰ったが、卒業してからはこういった感想はなかっただけに、どきどきもしたし、ありがたかった。
でも、感想よりもなによりも、あの双葉が、ちゃんと私の話を聞いていて、覚えていたってところがダメだった。
陥落。
岡村さんの言葉を思い出す。
そして思った。
きっと去年の三年生も、双葉の外見だけじゃなく、こうした物書きの悲しい性をくすぐるようなところに、執着したに違いないと。
大きく深呼吸をした。
そうしないと涙が出そうだった。
「……五代君。今、国府田君が話してくれたように、私の物語は、完全なるオリジナルとはいえないよ」
じっと伍代君の顔を見る。
伍代君が頷く。
「私、嫌だからね。殴りあいは」
ぱっと伍代君の顔が赤くなる。
「うん。わかった。しない」
よしと思い、伍代君に手を伸ばす。
「じゃあ、よろしく」
私の右手は、伍代君の両手にがっしりと掴まれた。
「ありがとう」
黙りの伍代はそれだけ言うと、やっぱりそのまま黙ってしまった。