表裏
「ちょっとマキさん?」
アキラはマキを追うが、すぐに見失ってしまう。まもなく学校のチャイムが鳴ると、アキラはとりあえず自分の教室に戻ることにした。そこにマキの姿はないまま、HRがはじまった。
「あれ? 雛菊さん、今日は休み?」
「遅刻じゃないの? それかサボリ……」
「でもさっき下駄箱のとこまで一緒だったんだけど……いないね」
クラスの女子達が会話している。アキラはその会話に割って入った。
「雛菊さんってどんな人?」
突然だったが、自然な形で会話に入れてくれた。
「宮嶋君だよね? 私達はマキと中学の頃からの付き合いだけど……ここまでサボリ癖は酷くなかったよ」
女子の一人がそう言った。
「マキさん頭いいし、美人だから結構人気あったんだけど、なんか一線引いてるような……少し距離を置いてたような気がするな」
「そうそう……なんか本性隠してるカンジするよね」
彼女達が言っている本性とは、昨日アキラが見てしまった『雛菊真姫の姿をした何か』のことだろうか。アキラは授業中、何度も昨日の出来事を思い出していた。気になるのはマキがあの時見せた変化である。日常の彼女からは考えられない異様な雰囲気と、どこから出してどこへしまったのかわからない青白く光る刀。いつもの彼女に戻ったと感じた時にはもうそれは無かった。
「――殺さないで!」
アキラは叫び立ち上がった。クラスの皆が何事かとアキラの方に振り向く。昨日の事を考えすぎて、夢を見てしまったようだ。
「宮嶋……誰かに殺される夢でも見たか?」
先生がそう言うと生徒達の笑い声がクスクス聞こえた。皆がアキラの方を見て笑っている。その中にいつ戻ってきたのか、雛菊真姫の姿があった。アキラを見て笑っているが、心の底から笑っているどうかは怪しい。
「すみません」
着席するアキラ。
数分後、授業が終わるとマキに話かけようと席を立った。マキはさっきの女子達と話している。
「雛菊さん、ちょっといいですか?」
「……あら宮嶋君、さっきは誰に殺されかけたの?」
マキは満面の作り笑いで答えた。
「ここで話しても?」
「――うーん……ダメ」
「すみません、ちょっとマキさん借りていきます」
唖然とする女子達の中、アキラはマキの腕を掴んで、教室から出て行く。
「ちょ、ちょっと離して!」
アキラの手を振り解こうとするマキ。
しかし、アキラの腕力は強く、半ば強引に屋上へ連れ出された。ここまでくると、抵抗するそぶりさえ見せなかった。
「ここなら誰も聞いてないだろう」
「……宮嶋君、あなたどこまで知ってるの? それともう一人男は誰?」
マキは尋ねた。
「昨日の事故の一件……本当はあの小学生三人は巻き込まれるはずだった…?」
「なぜそう思うの?」
アキラがそう確信したのは言うまでも無く、サトミからマキへの予知メールの文面からだ。
しかし、アキラはまだマキへの予知メールを覗き見した事は伏せておいた。
「昨日事故が起こる前に、マキさん達は動き出した。その結果、ほんの些細なきっかけで小学生三人の命を救った……まるでそこで事故が起こるのを知っていたかのように」
「あなた達は、私とサトミが動く事を知った上で見張っていたとでも?」
マキはアキラの後ろに立って問い返す。アキラは屋上の柵に手を掛けた。
「もう一人の男、彼の名は小野村和彦。高校生であり、探偵もしている。あいつとは中学以来の付き合いでね」
「探偵……なるほどね。私達のこれまでの動きは知られていたの?」
正直な所、アキラ自身なぜ小野村和彦が雛菊真姫をマークしていたのか知らなかった。それどころか、昨日話したのはかなり久しぶりの事だった。アキラの中で忘れかけていたもう一つの謎、小野村和彦の存在を思い出した。
「……それについては、オレからは何とも」
マキは深くため息をつく。
「何でもいいけど、これから学校では気安く声をかけないで。あと、私達の邪魔はしないでよね」
扉が閉まる音がした。アキラが振り返ると、そこにはすでにマキの姿はなかった。屋上に一人残されたアキラに、まだ少し冷たい風が吹き付ける。
「いや……あれが本性か」
アキラは一人つぶやき、屋上から空を眺めた。