非日常
翌日、白羽サトミはめずらしく目覚めのいい朝をむかえることができた。セットした目覚ましが鳴る前の起床。いつも見ていた悪い夢に起こされる事もなく二度寝する必要もなかった。
しかし、この『悪夢』こそが白羽サトミの持つ他人にはない能力、『予知夢』だ。そしてその予知の内容は、サトミの近辺で起こる事故。その力は、サトミが夢から目覚めたちょうど十二時間後の予知、すなわち時計の針は同じ所を指す。サトミは予知夢から目覚めるといつもその時間と夢の内容を紙にメモするようにクセをつけていた。今日はその紙が真っ白だ。
「今日は白紙……久しぶりの休みね」
休みといっても平日、学校が休みというわけではない。サトミが普通の女子高生として今日を迎えられるというだけだ。
しかし、サトミにとってはそれだけで清々しい気持ちだった。
「ここ数日間事件続きで、マキにはずっと付き合ってもらってたからね…今日は休みだってメールしとこう」
紅茶を入れながらトーストを焼く。香ばしい匂いが食欲をそそる。
「あらサトミ、おはよう。今日はゴキゲンね」
「おはよう、おかあさん」
「そういえば昨日男の人が玄関前に立ってたけどお友達?」
「え?……どんな人だった?」
「学ランだったから高校生でしょ?サトミのお友達と思ったけど……ああ、それでゴキゲンなんだ?彼氏?」
「……」
サトミはいやな予感がしていた。同じ高校でさえもサトミの家を知っている男はいない。昨日撒いたストーカーの男が頭を過った。
『あの後、何度も後ろを気にしていたが、確かに尾行はなかった…』
さわやかな朝は一変してサトミは不安になった。この件に関して、もう一度マキに会って話す必要があるかもしれない。
「行ってきます」
サトミは鞄を肩にかけ、玄関を出る。
「行ってらっしゃい……白羽サトミさん」
「――なんで」
玄関を出てすぐ横、そこには昨日撒いたはずのストーカー、小野村和彦の姿があった。
「何のようですか? 昨日から……」
サトミは玄関横に立つカズヒコをにらむように言った。
「そんなに怒らないでくださいよ……昨日は見事に一杯食わされました」
「何が目的?」
「もちろん、あなた達が持っている『他人には無い能力』についてです。」
「他人には無い……能力?」
「――では今日の放課後、昨日の喫茶店で詳しい話を、……これはマキさんにも関係のある話です」
そう言うとカズヒコはその場から立ち去ろうとする。
「待てストーカー男!」
「ストーカー男じゃなくて、小野村和彦……探偵です」
「探偵?」
「急いでますんで、また後ほど」
サトミはあっけにとられて物も言えなかった。サトミの平和だったはずの一日が、カズヒコの一言でひっくり返されてしまった。
「はぁ……マキに連絡しなきゃ」
一方アキラは、いつもどおり通学はしていたが、昨日の事があったからかあまり気分がすぐれないでいる。これから雛菊真姫と顔を合わせると思うと気が引ける。アキラは教室の前まで来るとドアに隠れてマキの姿を探した。室内を一通り見回してみたが、そこにマキの姿はない。
「まだ……来てないみたいだな」
ほっとしたアキラは教室に入ろうとする。
「……どうしたんですか?ドアの前で」
後ろからとてもやさしい女性の声がした。
「あ、すみません――」
アキラが振り向いた時、その場の空気が凍りついた。やさしい声の主は雛菊真姫だった。アキラとマキは互いに血の気が引くのを感じた。二人とも声が出ない。しかしショックが大きかったのはマキの方だった。昨日のあのヒドイ目に合わせた男がなぜか目の前にいる。まさか同じ高校の、しかも同じクラスだったということに動揺を隠せないでいた。それもそうだろう。校内では上品でかよわい女の子を演じていたのだから。
「え……と」
マキはその場の空気に耐えきれず逃げ出した。