喫茶店2F
翌日。アキラは学校へ向かう途中、異様なまでに周囲の視線を感じずにはいられなかった。昨日のカズヒコの発言を意識しすぎてか、周りの人間が皆敵に見えているとでもいうのだろうか。しかし気づいてみれば、それは男どもの視線に限定されていた。アキラが門へ入ろうとする逆の通学路から偶然にも雛菊マキが現れ、一時沈黙。先に口を開いたのはマキの方だった。
「お……はようございます。宮嶋くん」
マキの丁寧な挨拶に意表をつかれるも、遅れて返事をする。
「あ、――おはよう」
挨拶をするアキラを横目に、マキは下駄箱へと向かう。アキラも仕方なくマキの後についていくが、その途中、再びマキが口を開いた。
「ねぇ宮嶋くん、さっきから思ってたんだけど、周りの視線がやけに痛くない?」
マキは辺りを見渡しながら、小声でアキラに語りかけるように言う。
「ああ、オレもそう思ってたんだよ。特に男どもの、なんかこう……突き刺さるような視線?」
「そう? 私は女子生徒たちの噂する声が聞こえてくるような視線かな」
「……なんでだ? オレ達、なんかおかしいのかな?」
アキラとマキは下駄箱で上履きに履き替え、教室へと向かう。周りの視線は教室に入っても絶えることがない。そんな視線に違和感を感じながらも、アキラは自分の席に向かい、鞄を机の横にかける。同時に一人の男がアキラの肩に手をかけ、教室の後ろまで引っ張った。
「雛菊と一緒に登校とはいいご身分だなアキラ」
「……なんだ、シュウか」
「ってことはOKもらったのか?」
「なにが?」
「トボケなさんな。昨日雛菊に告白して、翌日に仲良く登校とあっちゃ、みんな気になるに決まってるだろ」
シュウのその言葉でアキラはようやく思い出した。昨日からどういう訳か、アキラが雛菊真姫に告白をしたというデマが流れている。その噂こそが今朝の刺さるような視線の理由だった。男どもの嫉妬に満ちた視線。
『ああ、そうだった……昨日その事を問い詰めようと、喫茶店に走ったんだった』。アキラは昨日の事を思いだし、「いや、あれは誤解だよ」と言う。アキラのその言葉に間髪入れずにシュウが口を挟んだ。
「だよなー! じゃあ付き合ってないんだな? フラれたんだな? そうなんだな?」
「いやフラれたとかそんなんじゃなく……」
「今度、残念パーティー開いてやるからさ」
「いやだから……もういいよ、それで」
アキラはシュウの嬉しそうな姿を見てため息をついた。
その日の放課後、掃除当番だったアキラは教室を掃除していた。ゴミを掃くアキラの前にチリ取りが置かれると、同時に女性の声が聞こえる。
「ねぇ、どういうこと?」
『……雛菊マキ』
アキラは彼女の言葉にキョトンとしている。マキは制服の胸ポケットから反り返った一枚の紙切れを取り出すと、アキラの前へと差し出した。その紙切れには明朝体でこう書かれている。『小野村和彦』と。あの名刺だった。
「あ、はじめまして小野村和彦さん。探偵でしたか」
「ふざけないで。 そうじゃなくてその下の住所、わかる?」
アキラとカズヒコは中学二年の頃からの付き合いだが、その素性はあまり知らない。探偵事務所というのは初耳だし、カズヒコが言っていたASPの話も喫茶店で聞いたのがはじめてのことだった。アキラは名刺の下の方に書かれている住所に目を向ける。
「この住所どこかで……」
「私も気になって調べてみたんだけど、この場所って……あ、そうだ」
マキはそういうと鞄の中から財布を取り出し、その中から別の紙切れを取り出した。
「例の喫茶店『交茶』。見てみてここの住所、ほとんど一緒」
「違うのは最後の……2Fか」
「つまり、小野村探偵事務所は、喫茶店『交茶』の二階ってこと?」
――アキラとマキは喫茶店の前で立ち尽くし、二階の窓を見上げていた。