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既視感(デジャヴュ)

 サトミは先生に言われた通り、職員室へと荷物を運び込む。クラスの友人が試合するのは午後からだ。それまでの間は休憩の時間となる。

「先生、午前中の仕事はこれで終わりですよね?」

「ご苦労様。あとこれ、生徒会の皆の分ね」

 先生はダンボールに入った人数分の弁当を手渡す。サトミはそれを抱えて生徒会室へと足を運んだ。部屋にはまだ誰も来ていない。ダンボールを開くと中にはお弁当と一緒に今日の大会のパンフレットが入っていた。一通り目を通していると、扉が開く音がする。

「こんにちは白羽先輩、早いっすね」

 サトミの後輩にあたる副会長のヒロアキである。

「いや、貴方が遅いんでしょ。もう昼だから」

 サトミはあきれたように言った。

「そうそうヒロアキ君、ちょっと席を外したいんだけど、留守番頼んでいいかな? 鍵はここに置いとくから」

「はい、いいですけど」

「よろしくね」 

 サトミは部屋を出ると、大会視察のため体育館へ向かっていた。剣道防具を抱えた数人の選手とすれ違いながら、グラウンドに目を向ける。外には昼食にお弁当を食べているチーム、次の試合のためにウォーミングアップをしているチームもいた。

 サトミは偶然にもその中に一人『雛菊』という垂ネームを目にする。

「あっ……あの子は今朝の……雛菊さん? かな」

 

 ――しばらく眺めていること数分。サトミは雛菊の背後から大柄な男が一人、歩み寄るのを目撃した。男は竹刀袋を片手に持ち、明らかに不審な動きをしている。サトミがその男の接近に嫌な予感がしたのは言うまでもない。その原因としてもう一つ、雛菊がその男の接近に気がついていなかったからだ。

 そしてそれは『刹那』だった。サトミの目の前で赤い血しぶきが舞う。男が竹刀袋から取り出したのは、既に刀身がむき出しの日本刀。その剣が雛菊真姫の背中から腹部までを貫いていた。

「い……いやーーーーっ!!」


 ――サトミは自分の悲鳴で目を覚ました。全身には浴びるほどの冷や汗をかいている。その出来事が『夢』だった事に気づき、安堵するのに十数秒。そして再度不安感に襲われる。この夢、サトミの見る夢は予知夢だ。すなわち、今から十二時間後にこの事件が現実に起こるという事になる。サトミは冷静に現在の時間と夢の内容を手帳にメモした。現時刻、深夜一時二十五分……。


 その日眠れぬまま朝を迎えた。まるで二日連続同じ事をしているようで気が休まる暇がない。夢の朝と同じ朝。サトミは案内板を持っていた。

「剣道夏季大会の駐車場はこちらです――」

 サトミの予知夢にはルールがある。それは現実世界での事件、事故が起こるギリギリまでは、予知夢の通りに動くこと。それを破ると予知時刻に大きなズレを生じさせることになりかねない。夢と違うのはサトミの精神面くらいだろう。サトミは懐中時計に目を向ける。『そろそろ先生が来るころか……』

「お、ちゃんとやってるね」

 時間通りだ。

軽自動車から先生が顔を覗かせた。ここまでは当然、夢と同じだ。ギリギリまでこの軸をブレさせなければよい。サトミはミルクティーを受け取り先生を別の駐車場へ見送った。


 一方、マキは防具を担いで試合会場へ走っていた。

「はぁはぁ……大会当日に……目覚まし時計の電池切れなんて……、ありえないでしょ。おまけに皆先に車で行っちゃうし」

 息を切らしながらも、会場へと向かうマキ。甘倉街道駅から約2Kmもの距離を、防具を担いで十数分走り続けていた。あの角を曲がれば入り口が見えてくる。そしてやがて眼前に現れる少女。会場案内だろうか、案内板を壁に立て掛け、ペットボトルに付いた水滴の肌理細やかさから窺えるほど、キンキンに冷えたミルクティーをおいしそうに飲んでいる。唾を飲むマキ。じっと眺める。やがて少女はマキの存在に気が付いた。

「はぁはぁ……それ! それ少し頂けませんか?」

 思わず口をついて出た。マキはペットボトル入りのミルクティーを指差す。

「えっと、これですか? でも飲みかけだけど……」

「大丈夫です!」

 会場案内の少女は手に持ったミルクティーをマキに手渡した。早朝にもかかわらず、30度を上回る猛暑日。そこからさらに、防具を担いで約2Kmもの距離を走ってきたマキの体は、すでに乾ききっていた。一口貰うつもりが、そのすべてを飲み干してしまう。

「あっ! ……ゴメンなさい」

「いえ、いいんです。えっと……選手の方ですよね?」 

「はい、会場はこちらですか?」

 マキと少女がそんなやり取りをしていると、試合会場となる体育館のほうからマキを呼ぶ声がした。声の主へと手を振り返す。

「――連れの者がいました」

「えっと……よかったです。試合、がんばってくださいね」

 少女のその言葉にマキが微笑む。

「応援してくれるの?」

「確かに、敵の応援っていうのも変ですよね」

 続けて奥の駐車場から少女を呼ぶ声。

「サトミさーん、ちょっとこれ運ぶの手伝ってくれる? 案内はもういいから」

「はーい!……うちの担任の先生です。人使い荒いんですよね」

 荷物をまとめるサトミ。彼女たちはその場で別れの挨拶を交わした。

「サトミちゃんね……しっかりしてる――ん?」


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