里見と真姫
皆が喫茶店を解散してから数分後、サトミは一人その場所に戻ってきた。その様子を店内から観察していた小柄な女性がまた一人店を出る。
「それで、どんな感じだった?」
サトミは彼女に訊ねた。
「――白羽先輩、あれじゃダメですよ。もっとこう……こちらから聴かないと」
この小柄な女性の名は 蔵原美袋。小学生の頃からサトミの後輩で、この春よりサトミと同じ高校へ通うことになった。彼女もまたASの持ち主である。ミナギには人間なら誰しもが持っている良心と悪心のやりとりが見える。その狭間で揺れ動く心理、本音を見抜くことができるのだ。サトミはミナギのその能力を生かしてアキラやカズヒコを試そうと、後ろで会話を見ていてほしいと頼んでいたのだが……。
サトミとミナギは家へ帰りながら話しをしていた。
「あれではよくわかりませんね。あのカズヒコとかいう探偵も上手く言葉を選んでいたような感じでしたし……ただ――」
「ただ?」
「――雛菊先輩は……何かを隠しています」
ミナギのその言葉にサトミは足を止めた。別れ際のカズヒコの言葉に、マキの表情が変わったのは間違いない。
「マキは……マキなら信用できる」
ミナギも足を止め振り向いた。
「白羽先輩と雛菊先輩って中学も高校も違いますよね? なのになぜ……」
「私とマキは――」
サトミとマキの出会い。それは彼女達が中学三年生の夏だった。
白羽サトミ、当時十四歳。
「それでサトミさん、あなたたち生徒会の皆にも応援を頼みたいんだけど」
「わかりました。そういう事でしたら……」
サトミは職員室に呼び出され、担任の先生から明日開催される剣道部の夏季大会への応援を頼まれていた。三年生は最後の大会となる夏季大会。サトミの中学校で開催される上、クラスの友達が出場することもあり一度は見てみたいと思っていた。
「さすがクラス委員、兼生徒会長ね! ついでに他校選手や外来者の案内もよろしくね!」
「げっ……」
半ば無理やりではあったが、サトミは断ることをしなかった。担任もサトミが断るような人間ではない事を承知した上での頼みである。
大会当日早朝。サトミは夏用のセーラー服を身にまとい、案内板を持って大会案内をしていた。早朝にもかかわらず外は蒸し暑い。セミの声が五月蝿くこの暑さに拍車をかけている。
「剣道夏季大会の駐車場はこちらです!」
一台の軽自動車がサトミの前に止まった。
「お、ちゃんとやってるね」
先生が車のウィンドウを開ける。
「当然です。先生はあっちの駐車場使ってくださいよ。こっちは来客用です」
「あ、そうだっけ」
「しっかりしてくださいよ」
「……あとこれ、差し入れね」
そう言って袋の中からサトミに手渡されたのは、ペットボトル入りのよく冷えたミルクティーだった。
「ありがとうございます。ちょうど喉が渇いてた所なんですよ」
「十時までだから、もう少しがんばってね」
担任の先生はそう言うと奥の駐車場へと車を走らせた。サトミは案内板を壁に立て掛け、乾ききった喉に潤いを与える。その至福の時を、じっと眺めてくる者の気配をサトミは感じ取った。そこにいたのは、剣道防具を一式抱えた他校の少女。どこからか走ってきたのか、息を切らし汗だくになっている。サトミはその少女の姿に、初めは呆気にとられていたが見た所かなりの美人であることから、いつしかそれは見惚れへと変わっていた。汗で濡れた黒髪が今度はその美しさに拍車をかけている。
「はぁはぁ……それ! それ少し頂けませんか?」
少女はサトミが飲んでいるミルクティーを指差した。
「えっと、これ……ですか? で、でも飲みかけだけど……」
「大丈夫です!」
少女はサトミからミルクティーを手渡されると、それを飲み始める。その姿の絵になることといいサトミは女でありながらもその少女の姿に頬を赤くした。少女はミルクティーを一滴残らず飲み干すとその直後、全部飲み干してしまった事に気がつき赤面する。
「あっ! ……ゴメンなさい」
「いえ、いいんです。えっと……選手の方ですか?」
「はい、会場はこちらですよね?」
サトミと少女がそんなやり取りをしていると、試合会場となる体育館の方から声がする。
「マキ!こっちこっち」
その声の主へと手を振り返す少女。
「――連れの者がいました」
「よかったです。試合、がんばってくださいね」
サトミのその言葉に、少女はクスクス笑った。
「応援してくれるの?」
「確かに、敵の応援っていうのも変な話よね」
そんな会話を続けていると、今度は奥の駐車場の方からサトミの担任が呼ぶ声がする。
「サトミさーん、ちょっとこれ運ぶの手伝ってくれる? 案内はもういいから」
「はーい!……うちの担任の先生です。人使い荒いんですよね」
そう言いながら、サトミは荷物をまとめ始めた。
「ではまた」
サトミがその場を後にする。
「サトミちゃんね……しっかりしてる」。マキは一人つぶやいた。