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皇女の帰還シリーズ

未来の皇太子と大人たち 皇女の帰還ー約束の耳飾りー外伝2

掲載日:2026/06/19

『皇女の帰還』の外伝です。


本編ではあまり描かれなかった、クラウディオの話になります。


次期皇太子として期待されながらも、自分と周囲を比較して悩んでいた彼が、さまざまな大人たちとの出会いの中で少しずつ成長していく過程を書いてみました。


本編を読んでいなくても、単独で読める内容になっています。


楽しんでいただければ幸いです。

クラウディオとロザリアは、グランディル帝国の皇太子妃シャローヌが産んだ双子だ。


クラウディオは次期皇太子と決まっているが、レオンハルトが即位するまでは、まだ皇子である。


二人は名前をもらう儀式の際、それぞれ竜の像を光らせることができた。


叔母であるクラリスが「光の柱」を立てたと聞き、クラウディオはそれを目標にしていた。


だが結果は、像を光らせただけだった。


それだけでも十分に素晴らしいことだったのだが――


「なんで僕は、叔母上みたいにできなかったんだろう。次期皇太子なのに」


クラウディオはひどく落ち込んだ。


「叔母さまは特別よ。自分と一緒にしないの!」


ロザリアが呆れたように言う。


「そうだよ。姉上は特別なんだから」


年の近いアルノルトも同意した。


アルノルトは二人にとって叔父にあたるのだが、年齢が近いため、兄弟のように育っていた。


実を言うと、クラウディオは、儀式の前の練習中にクラリスへ真剣な顔で尋ねていた。


「どうしたら、柱を立てられるのですか?」


その時クラリスは笑いながら答えた。


「ごめんね。全然覚えていないの。あの頃は魔力の調整が下手すぎたのよ。真似する必要なんてないわ」


だが、クラウディオは納得しなかった。


「僕もやりたい!」


そう言って練習を重ねた結果、発熱して寝込む始末だった。


「クラリスちゃんだからできたのよ。あなたたちは普通に育ってくれたらいいの」


母であるシャローヌが言う。


そのシャローヌも、かなりの魔力の持ち主だった。


背も高い。


目さえ悪くなければ、立派な騎士になっていただろう。


「なんで僕は普通なの?」


背があまり高くないクラウディオの落ち込みは深かった。


父であるレオンハルトも言う。


「私だって、十歳を過ぎるまでは普通だった。気にすることはない」


名前をもらってからしばらくすると、ロザリアの背が伸び始めた。


クラウディオの焦りはますます強くなっていく。


「僕だけ小さい!」


クラリスはクラウディオの手を取った。


「私もここへ来た頃は、とても小さかったのよ」


優しく微笑む。


「でも、お父様――あなたにとってはおじい様である皇帝陛下を見て、『身長なんて関係ない』って思ったわ」


「小さいことを気にするより、勉強や剣の稽古をしっかりなさい」


そう諭したのだが――


「でも、叔母上は僕より小さかったのに、光の柱を立てたのでしょう?」


クラウディオは納得しなかった。


「魔力が多ければいいってものじゃないのよ」


母であるシャローヌも諭す。


だが、彼は聞き入れなかった。


「アルノルトより小さいのは嫌だ!」


剣の稽古をつけていたジュリアンヌが呆れたように言う。


「アルノルト様はクラウディオ様より年上です。背が高いのは当然でしょう」


「叔母上に稽古をつけてほしい。そなたでは弱すぎる」


その言葉に、ジュリアンヌの眉がぴくりと動いた。


結果、クラウディオは徹底的にしごかれた。


当然ながら、まったく歯が立たない。


「私に勝てないのに、クラリス様にお相手していただくのは早すぎます」


ジュリアンヌは剣を納めながら言う。


「クラリス様は執務に騎士の仕事と、大変お忙しいのです」


しかし、クラウディオはますますいじけてしまい、部屋に閉じこもるようになった。


「あれでは将来の皇太子として心配だ」


ついに皇帝まで口を出さざるを得なくなった。


「レオンハルト。父親として何とかしなさい」


皇后も心配している。


「そうなんですけどね……」


レオンハルトはため息をついた。


「クラウディオ。そなたは比較対象がおかしいのだ」


クラウディオが顔を上げる。


「クラリスは特別だ」


レオンハルトははっきりと言った。


「それに何度も言うが、クラリスだって最初は小さかった」


「同じ年頃の子と比べれば、頭一つ分は低かったのだぞ」


「そなたは標準ではないか」


だが、クラウディオは首を振った。


「僕も特別になりたい!」


涙目で叫ぶ。


「なんで僕は普通なんですか!」


レオンハルトは困った顔をした。


「なぜ、そんなに焦るのだ?」


静かに問いかける。


「そなたはまだ子供だ。特別である必要などない」


しかし、クラウディオは聞かなかった。


「僕は将来の皇太子です!」


「一番でなければならないのです!」


レオンハルトの目が遠くなる。


「どうしたら分かってもらえるのだろう……」


皇太子夫妻はそろって頭を抱えた。



その話をシャローヌから聞いたクラリスは激怒した。


後日。


剣の稽古をしていたクラウディオの前に現れる。


「クラウディオ。背が高くなりたいそうですね」


「はい!」


憧れの叔母に声を掛けられ、クラウディオはぱっと表情を明るくした。


「父上や母上みたいに背が高くなりたいのです!」


「そう」


クラリスは静かに答えた。


「背が低いのが嫌なのは、なぜ?」


その声には、わずかに怒気が混じっていた。


だが、クラウディオは気付かない。


「だって、格好悪いじゃないですか!」


その瞬間。


クラリスは黙って模擬剣を差し出した。


そして自分は何も持たず、その場にしゃがみ込む。


「さあ、かかってきなさい」


クラウディオは目を丸くする。


「今の私は、あなたより小さいわ」


クラリスはにやりと笑った。


「勝てるかもしれないわよ?」


挑発されたクラウディオは、そのまま剣を振り上げた。


だが――。


クラリスはしゃがんだまま、素手で剣を弾き飛ばす。


さらに、かつて自分がフェルネスにされたのと同じように、手首を取ってひっくり返した。


ただし、頭だけは打たないよう魔力で守る。


わざと衝撃を和らげる魔法は使わなかった。


クラウディオは背中を強く打ち付け、うめき声を上げる。


クラリスは見下ろした。


「背なんて関係ないのよ」


厳しい声だった。


「大事なのは『中身』です」


「身長で人を判断するなんて愚かなことです」


そして言い放つ。


「思い知りなさい!」


クラリスは騎士たちへ目配せすると、そのまま立ち去った。



「あのクラリス様が、あれほどお怒りになるとは……」


周囲で見ていた騎士たちがざわめいていた。


クラウディオはそのまま医務室へ運ばれていった。


その時、たまたまフェルネスが兄と共にエルドリアから訪れていた。


事情を聞いたフェルネスは苦笑する。


「ぜひ、そのクラウディオ殿に会ってみたい」


フェルネスの申し出を受け、ジュリアンヌは医務室へ案内した。


「こちらはエルドリアの第二王子、フェルネス殿下です。クラウディオ様にぜひお会いしたいとおっしゃってくださいました」


すると、ベッドの奥から声が返ってくる。


「いやだ! 誰にも会いたくない!」


どうやら泣いていたらしい。


しかしフェルネスは気にせず、ベッドの傍らに腰を下ろした。


「そなた、クラリス殿下に身長のことを言ったら駄目だぞ。あの方は昔から『小さい』と言われると癇癪を起こして大変だったのだ」


クラウディオが驚いて顔を上げる。


「今でこそ普通の女性より高いが、本当はそなたの母上くらいの背丈になりたがっていた」


しばらく沈黙が続いた。


やがてクラウディオがぽつりと呟く。


「叔母上は何でもできます。魔力も、剣も、執務も……。僕には何も取り柄がありません」


そこで言葉を切る。


「なのに、将来皇太子です。でも、自信がないのです」


最後の言葉は消え入りそうな声だった。


自分でも思わず本音が漏れたことに驚いていた。


フェルネスは、その拗れてしまった感情に少し胸を痛める。


「そなたの父上が皇帝になるまで、まだまだ時間がある。それとも皇子殿は、皇帝陛下に早く引退していただきたいのか?」


いたずらっぽく笑いながら言った。


「そんなことはありません! おじい様は立派な方です!」


クラウディオは慌てて起き上がろうとし、背中の痛みに顔をしかめた。


「クラリス様がそこまで怒ったのは、皇帝陛下のことも思ったからだろう。人前だったから口にはしなかったがな」


フェルネスの口調が少し厳しくなる。


「皇子殿に理解してほしかったから、あえて痛い目に遭わせた。かなり手荒い方法だが、私でも同じ立場なら同じことをしたかもしれない」


「だって……だって……」


クラウディオは言葉にならず、涙を流した。


「悩むことは悪くない。だが、他人を巻き込んではいけない。他人と自分を比べてもいけない」


フェルネスは静かに続ける。


「自分の悪いところばかり見ないで、良いところも見つけなさい。誰にでも欠点はある。触れてほしくない部分もある。しかし得意なこともあり、恵まれていることもある」


「それは焦ったところで理解できるものではない。痛みが引くまで、よく考えるといい」


そう言い残し、フェルネスは部屋を後にした。


そこへ、別の人物が顔をのぞかせた。


「やあ、初めまして。君が将来の皇太子殿下かい? さっきクラリス殿下に『お仕置き』されたそうだな。面白そうだから顔を見に来た」


金髪碧眼の男性だった。


先ほどのフェルネスより年上に見える。


「失礼です。初対面なのに」


クラウディオはむくれた。


「クラウディオ様。この方は、先ほどのフェルネス様の兄上であり、エルドリアの王太子殿下です。実質的には国王陛下のお立場です。失礼のないようにしてください」


ジュリアンヌが慌ててたしなめる。


クラウディオは目を丸くした。


「ああ、そんなに緊張しなくていい。私は魔力があまりなくてね。君の方が私より上回ると思うぞ」


王太子はケラケラと笑った。


「身長もこの通り普通だ。だが私は王太子で、フェルネスの兄でもある。そして次期国王でもある」


そう言って肩をすくめる。


「エルドリアと違って、ここは大国だ。将来の皇太子という立場を理解して悩んでいるだけでも、十分立派なことだと思う」


王太子は優しい声で続けた。


「クラリス殿下もフェルネスも、幼い頃から普通ではない苦労をしてきた。だからこそ『特別』なのだ」


一度言葉を切る。


「だが、そなたは普通に家族がいて、普通の生活ができている。それでいいのだ。自信を持ちなさい」


「王太子殿下は普通だったのですか?」


クラウディオは興味深そうに尋ねた。


「ああ。『傍目』には、ごくごく普通だったよ」


王太子は意味ありげに微笑んだ。


クラウディオは、その笑みの奥に何かを感じたが、それ以上は聞けなかった。


「まあ、まずは背中を治すことだな。そして勉強と剣の稽古を頑張りなさい。いろいろな経験を積むことも大切だ」


「今回の経験も、きちんと活かしなさい」


クラウディオはしばらく考え込んでいたが、ふと思い出したように尋ねた。


「王太子殿下とフェルネス殿下は、なぜ僕に会いに来てくださったのですか?」


王太子は苦笑した。


「フェルネスは、クラリス殿下のフォローのためだろうな」


「ちゃんと説明しなければ、なぜ痛めつけられたのか、そなたが理解できていないと思ったのだろう」


そして、楽しそうに続ける。


「フェルネスはクラリス様のためなら何でもする」


「王太子殿下は?」


クラウディオが首をかしげる。


「私はな。そなたの気持ちが少し分かるのだ」


王太子の表情が少し真面目になった。


「将来、国を支える覚悟は確かに重い。それは簡単なことではない」


「それでも逃げることはできない」


静かな声だった。


「だが、せっかく皇帝陛下や皇太子殿下、そしてクラリス様という素晴らしい方々に囲まれているのに、その方々を比較対象にしてしまっているのは違う」


「それを伝えたくて来た」


クラウディオは黙って聞いていた。


「そなたが彼らから学ぶべきなのは、それまで積み重ねてきた努力や経験だ」


「それを聞き、自分の力へ変えていくことだ」


「同じ人間になることなど、できないのだからな」


クラウディオは、他国の王族にまで諭されてしまい、ますます落ち込みそうになった。


そんな彼の様子を見て、王太子は笑う。


「言われているうちが華だ」


「見放されたら、誰も何も言わなくなる」


その言葉に、クラウディオは顔を上げた。


「そうなれば、廃太子への道を一直線だ」


王太子はさらりと言う。


「皇太子夫妻はまだお若い。弟や妹が生まれるかもしれない」


「そうならないよう、気を付けなさい」


「私が言えるのは、それだけだ」


そう言って王太子も部屋を後にした。


一人残されたクラウディオは、ぼんやりと天井を見つめながら考え込んでいた。


そこへロザリアが顔を出した。


「クラウディオは結局、恵まれているのよ」


いきなりの言葉に、クラウディオが顔を向ける。


「他国の王族の方々から、直接アドバイスをいただけるなんて滅多にないことだわ」


ロザリアは腕を組んだ。


「それを糧にできないのなら、私が皇太子の座を奪います」


クラウディオは目を見開く。


「女だからって関係ありません」


ロザリアの瞳は真剣だった。


「今までのような態度は、叔母さまでなくても許せません」


「そなたは女ではないか」


思わず反論すると、


「関係ないわ」


即座に返された。


「どれだけ国の役に立てる人間になれるか。それが次の皇太子になる条件よ」


クラウディオは何も言い返すことができなかった。



その日からロザリアは、黙々と勉強と剣の稽古に打ち込むようになった。


クラウディオも負けまいと努力するのだが――。


何もかもがロザリアに劣っているような気がしてならない。


背もロザリアの方が高くなっていく。


勉強の進み具合も、剣の腕も、ロザリアの方が上だった。


「なぜ、自分は上に立てないのだろう」


再びクラウディオは悩み始め、勉強や稽古にも身が入らなくなっていた。



数年が経った。


その頃、巨大魔獣が出現し、父である皇太子レオンハルトと、叔母であるクラリスが討伐に出撃することになった。


大陸最強と称される二人が出陣するのである。


さらに、フェルネスとアストリアの王太子も出撃するという。


クラウディオは正直なところ、


「自分が行かなくて済んでよかった」


と感じていた。


そんな彼に、母シャローヌが言った。


「もし御父上が無事に戻られなかったら、あなたが次の皇太子です。覚悟をしておきなさい」


クラウディオは息を呑んだ。


「御父上も、クラリスちゃんも、フェルネス様も、大陸の民のために命を懸けるのです」


「あなたは、その意思をしっかり受け継げるようになりなさい」


そう言うシャローヌ自身も、出撃を申し出て皇帝陛下に却下されたと聞いていた。


「なぜ、そこまでできるのだろう……」


クラウディオは呟く。


隣ではロザリアが唇を噛み締めていた。


「まだ子供で力がないのが悔しいわ。ただ祈ることしかできないなんて……」


そう言って涙を流す。


だが、出撃する騎士たちの前では背筋を伸ばした。


「どうかご無事で。ご活躍をお祈りいたします」


そう一人一人に声を掛けていく。


クラウディオは、ただ彼らを見つめることしかできなかった。


その中にはジュリアンヌの姿もあった。


「そなたも行くのか?」


クラウディオは目を見張る。


「当然でございます。それが我ら騎士の務めです」


ジュリアンヌは優しい目でクラウディオを見つめた。


「どうか無事に討伐が終わりますように。死者が最小限でありますように。祈っていてください」


そう言い残し、騎士たちの列へ戻っていった。


「嫌だ……」


クラウディオはうつむく。


「みんな行ってしまうのは嫌だ。行かないでほしい」


小さな声だった。


しかしロザリアは容赦なく平手打ちをした。


乾いた音が響く。


「しっかりしなさい!」


ロザリアの目にも涙が浮かんでいる。


「私だって気持ちは同じよ!」


「だけど、それは言ってはいけないことなの!」


唇を噛み締めながら叫ぶ。


「さあ、顔を上げて皆を見送りなさい!」


「次期皇太子として! それくらいはできるでしょう!」


クラウディオはようやく我に返った。


ロザリアと並び、敬礼をして騎士たちを見送る。


――全員が無事に帰ってきてほしい。


そう願いながら。



巨大魔獣討伐は四人の活躍により、死傷者をほとんど出すことなく成功した。


しかし、皇太子とクラリスの二人が重傷を負い、療養のためしばらく国を離れることになった。


シャローヌも看病のため留守にしている。


まだ子供であるクラウディオ、ロザリア、アルノルトは、混乱の中で大人たちの邪魔にならないよう気を付けていた。


侍従や侍女の手を煩わせないよう、自分でできることは自分でする。


そんな日々が続いた。


そしてある日。


父と叔母が、一時は危篤状態だったことを知らされた。


「お二人が助かって本当によかった……」


大人たちの安堵の声が耳に入る。


「クラウディオ様はまだ幼い。皇太子は荷が重かっただろう」


「ああ、本当によかった」


何気ない会話だった。


だが、クラウディオには自分が認められていないように聞こえた。


「もう十歳なのに、幼いと言われるのか……」


クラリス叔母上は、十歳の頃にはすでに大人の騎士を上回っていたと聞いている。


「自分は、なぜこんなにも未熟なのだろう」


悔しさで涙が頬を伝った。


「おや? どうしたのかな」


振り返ると、そこにはエルドリアの王太子レオニスが立っていた。


レオニスはクラウディオの頭をぽんと叩く。


「フェルネスがクラリス様に付き添ってしまってな。ずっと留守なのだ」


「つまらないから、こちらへ来てみた」


そう言って笑う。


「少しおしゃべりに付き合ってくれると嬉しいな」


レオニスはクラウディオを、自分とフェルネスに用意された部屋へ連れていった。


席に着くと、レオニスはふっと笑った。


「そなたを見ていると、昔の自分を思い出してしまうのだよ」


「なんだか放っておけなくてな」


そして少し遠い目をする。


「自分が未熟であると自覚できるのは、良いことだ」


「それって、僕が未熟だと言っているのと同じじゃないですか!」


クラウディオが抗議する。


レオニスは笑った。


「だがな、人にはそれぞれ持っているものが違う」


「完璧な人間などいない」


「未熟な部分は他で補うしかないのだ」


「だから学び、研鑽を積む」


クラウディオは納得できない。


「父上も母上も叔母上も完璧です」


「双子のロザリアですら、僕よりずっとしっかりしています」


悔しそうに言う。


レオニスの目が少し厳しくなった。


「分かった」


「そなたの最大の欠点は、他人の良いところばかり見てしまうことだ」


クラウディオは息を呑む。


「光が当たれば、必ず影ができる」


「そなたは明るい方しか見ようとしない」


「相手が抱えている苦しみも、それを乗り越えるための努力も、全く見ようとしていない」


静かな言葉だった。


だが、重かった。


「男は女より発育が遅い。それは知っているか?」


レオニスが問う。


「そうなのですか?」


クラウディオの目が丸くなる。


「今のそなたは、剣を持ったばかりなのに、魔獣が簡単に狩れると思い込んでいる状態だ」


「それを未熟と言う」


そしてレオニスは微笑んだ。


「どうしたら魔獣が狩れるようになると思う?」


クラウディオの目がさらに丸くなった。


「それは、剣の腕を上げるしかないと思います」


「そうだ。では、剣の腕を上げるにはどうしたらいい?」


「日々の練習でしょうか……。でも、僕は練習しても全然上達しません」


クラウディオがうなだれる。


「そうか。私も剣は苦手だ。仲間だな。安心しなさい。私は飛行魔獣に乗れるほどの魔力すらない」


王太子は笑った。


「そんな私でも王太子を務められているのは、支えてくれる妻がいるからだ。弟がいる。家臣たちがいる」


「だから私は常に感謝している」


「どうしたら彼らに報いることができるのか。それをいつも考えているのだ」


クラウディオは黙って聞いていた。


「まずは、相手を思いやる心を育てなさい」


王太子は静かに続ける。


「そなたはこれから、魔術も剣も強くなる可能性を秘めている」


「剣や魔術は、それから鍛えても間に合う」


「まずは、自分に何ができるかを考えることだ」


「そなたはまだ間に合う」


そして少し表情を曇らせた。


「世の中には、全てを他人のせいにして、自分は何もせず、ふんぞり返っていた国王もいた」


「それよりは、はるかに良い」


「ただし、今のままでは、その国王と同じ道を歩むことになるぞ」


クラウディオは息を呑んだ。


「そなたをやたらと褒めて甘やかし、『ご立派です』などと言うだけの両親や祖父母でなくて良かったな」


王太子は遠い目をして笑う。


「未熟であることを、どう乗り越えるかだよ」


「私だって、亡き妹やフェルネスの恵まれた魔力や体格が羨ましくて仕方がなかった」


「だが、それはどうしようもないことだ」


「だから私は、私にできることを精一杯やってきた」


「それだけは胸を張って言える」


クラウディオは王太子をじっと見つめた。


「もう、こんなに長く話せる機会はないだろう」


王太子は立ち上がる。


「達者で暮らせ」


そう言い残して帰っていった。



この最後の会話から約一年後。


父は無事に生還し、相変わらず執務と騎士としての仕事に追われていた。


ロザリアも必死に勉強と剣の稽古に励んでいる。


叔母クラリスは隣国へ王太子妃として嫁いでいった。


そして、エルドリアの王太子は国王に即位した。


王弟フェルネスは、どこかへ旅立ったという噂を耳にした。


エルドリアは小国だと言われていた。


しかし国王の采配によって、国は目覚ましい発展を遂げていく。


巨大魔獣によって壊滅した土地の復興にも力を注ぎ、人々が再び住めるよう尽力しているとも聞いた。


魔力もない。


剣の腕も特別ではない。


体格にも恵まれていない。


そんな「普通」の国王が、多くの民から慕われ、尊敬されていた。


その方が、わざわざ自分のために時間を割き、多くの言葉を残してくれた。


クラウディオは、その意味を何度も噛み締めていた。


やがてクラウディオも成長した。


背も伸びた。


魔力も増えた。


だが、もう他人を見下すことはなかった。


常に努力を続け、謙虚であろうと心掛けていた。


ある日、ロザリアが言った。


「クラウディオが立ち直れたのは、周りに恵まれていたからよね」


「まともになってくれて本当に良かったわ」


「まだ先の話だけど、そなたの方が皇太子に向いていると思うぞ」


クラウディオが言う。


ロザリアは即座に首を振った。


「まっぴらごめんよ」


そして笑う。


「私は叔母様みたいに素敵な旦那様を見つけて、家庭を持ちたいの」


「皇太子なんて重い立場はごめんだわ」


「クラウディオがちゃんとしてくれて、本当にほっとしているんだから」


「えっ?」


クラウディオが固まる。


ロザリアは呆れたように続けた。


「おじい様も、おばあ様も、お父様も、お母様も、叔母様も、ジュリアンヌたちも」


「みんなクラウディオのことを心配していたのよ」


「だから、エルドリアの王太子様にお願いして、お話しに来ていただいていたの」


クラウディオは目を瞬かせた。


「知らなかったでしょ?」


ロザリアがにやりと笑う。


「クラウディオはいじけるばかりで、全然努力しようとしなかったじゃない」


「エルドリア国王陛下は、それはそれはご苦労なさったそうよ」


「なのに、そんなことを全然ひけらかさない」


ロザリアは感心したように言う。


「魔力や剣の実力があったって、知性が伴わなかったらお終いなの」


「逆に知性があれば、弱点を補うことができる」


言葉に熱がこもる。


「私は女だからって区別されるのが本当に悔しかった」


「だけど、お兄様のおかげで優秀そうに見られて助かったわ~」


ロザリアが笑った。


「何が役に立つか分からないものね」


「私、クラウディオが優秀だったら、逆にいじけていたかも」


クラウディオは目を見開き、口をぱくぱくさせた。


そんな兄を見て、ロザリアはますます楽しそうに笑う。


「いい方々とお話しできて良かったわね」


「それは正直、羨ましいわ」


クラウディオは思った。


(やっぱり、皇太子はロザリアの方が向いているのではないか?)


だが、その考えは口には出さなかった。


二人はこれからも成長していく。


グランディル帝国の未来は明るい。


誰もがそう信じていた。


――完――

最後までお読みいただき、ありがとうございました。


この話を書いたきっかけは、レオンハルトとシャローヌとの間に生まれた双子が本編にも番外編にも出てなかったからです


才能のある人や特別な人は、とても魅力的です。


ですが、その陰には本人にしかわからない努力や苦労があるのだと思います。


一方で、「普通」であることにも価値があります。


人にはそれぞれできることがあり、それぞれの立場で誰かを支えることができる。


そんな思いを込めて書きました。


また、本作ではレオニスやフェルネス、クラリスたちの違った一面も描いてみました。


少しでも楽しんでいただけたなら嬉しいです。


レオニスが思った以上にしゃべってしまいました(笑)


クラリス、意外に短気(元々癇癪持ちですから)

フェルネス、それのフォローをするのが身に沁みついてしまっている(保護者気質)


そういうのも楽しめていただけたら、幸いです

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