1.転移で遅刻するやついるか?
神無月竜星は、上機嫌だった。
理由は単純だ。バスの窓から見えた景色――雲に隠れていた富士山の山頂が、ちょうどその瞬間に姿を現したからだ。
自分は運がいい。
そう思わずにはいられなかった。
ここは山梨県。
彼は現在、学校行事であるAL(校外学習)のバスの中にいた。
本来ならば、仲間たちと楽しく過ごすはずの時間。
しかし、この時の竜星はまだ知らない。自分たちが予想外の出来事に巻き込まれることを。
(そういえば……)
竜星はふと思い出す。
(河内輝源は今日も遅刻か)
全員でホテルを出発している以上、ほぼ欠席は確定だろう。
彼のせいで行事が台無しになるのは勘弁してほしい――そんなことを考えていた。
「おーい、竜星。あの新作読んだか?」
声をかけてきたのは、ラノベ仲間の神無月劉凱だった。
「ああ、読んだよ。めちゃくちゃ面白かったな」
軽く会話を交わしながらも、竜星は内心で苦笑する。
(こいつ、ほんと何しに来たんだよ……)
劉凱は、こういう時でさえ読書を優先するタイプだ。
バスの中でも景色より本に夢中になっている。
(少しは外を見ろよ)
そう思った矢先だった。
バスが高速道路に入った――その直後。
不意に、車体が止まった。
「えっ?」
車内にざわめきが広がる。
当然、竜星もその一人だった。
パンクかとも思ったが、ここは高速道路のど真ん中。
周囲の車は避けているものの、状況は明らかに異常だった。
その時、竜星は窓の外に淡い光を見た。
次の瞬間――
バスの下に、巨大な魔法陣が浮かび上がる。
淡い光が車体全体を包み込み、視界が白に染まる。
そして――
バスは、消えた。
意識が途切れ、再び目を覚ましたとき。
そこにあったのは、見知らぬ景色だった。
木。
木。
木。
どこまでも続く森。
そして――川。
さらに、巨大なカエルのような生物。
(……ここはどこだ?)
竜星は状況を理解しようとするが、答えは出ない。
そもそも、あのカエルは明らかに異常だった。
地球にあんなサイズの生物が存在するはずがない。
(ここ、本当に地球なのか……?)
そう思った瞬間。
カエルと目が合った。
(しまった)
本能的な危機感が全身を駆け巡る。
竜星は目を逸らさず、ゆっくりと後ろに下がる。
刺激しないよう、慎重に距離を取る。
――いける。
そう思った、その瞬間だった。
カエルが、跳んだ。
「助けてーーーー!!」
竜星は思わず絶叫し、全力で走り出す。
普段の彼からは想像できないほどの声だった。
直後、大地が大きく揺れる。
ドシン――という衝撃音と共に、カエルが着地したのが分かった。
(あれに潰されたら終わりだ……!)
背筋が凍る。
反射的に横へ跳ぶと、直前までいた場所をカエルの舌が通過した。
竜星は咄嗟に、制服に仕込んでいたハサミを取り出す。
伸びきった舌へ、勢いよく突き刺した。
「ごえっ!」
カエルが苦しげな声を上げ、動きが鈍る。
その隙を逃さず、竜星は岩陰へと飛び込んだ。
――そして、その時。
冒険者たちが現れた。
こうして神無月竜星は、なんとか命を繋ぐことに成功した。
※※※※※※※※
一方その頃。
河内輝源は、ホテルの一室で呆然としていた。
見事に、置いていかれていたのだ。
(いや、おかしいだろ……)
寝坊しただけで置いていかれるとは思っていなかった。
しかし、今さらどうしようもない。
彼は気持ちを切り替え、一日を部屋で過ごすことにした。
漫画でも読んでいればいい――そう考えていたのだが。
夜になっても、誰も帰ってこなかった。
(……おかしい)
不安を覚えた輝源は、食堂へ向かう。
そこには――
二組の生徒だけが、まるごといなかった。
「え?」
思わず声が漏れる。
明らかに異常な状況だった。
輝源は近くにいた教師へと声をかける。
「先生、なぜ二組だけいないんですか?」
「おお……実は二組のバスが行方不明になってしまってね」
「え?」
状況を理解する前に、教師はさらに言葉を続けた。
「あれ? 君、二組だよね? なんでいるの?」
「ちょっと寝坊してしまい……」
「そうか。とりあえず、先にご飯を食べなさい」
その時だった。
輝源の頭の中に、突然声が響いた。
『ユニークスキル「転生 Lv.1」を獲得しました。
スキル「熱耐性 Lv.1」を獲得しました。
スキル「重力操作 Lv.1」を獲得しました。
スキル「精神支配 Lv.1」を獲得しました。』
理解の追いつかない現象。
だが、それでも確かに――
何かが始まった。
こうして。
二つの世界で、同時に物語が動き始めた。




