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星の声を継ぐ者〜文明戦争の夜明け〜  作者: ムーンキャット


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第61章 名前を呼ぶ声

静止した世界の中で、

二人の距離は、数歩しかなかった。

アダムはキアラを見ている。

正確には、解析している。

体温、脈拍、呼吸――

生体反応はすべて正常。

だが、その内部にある力だけが、理解不能だった。

「君は……何者だ」

問いは、無機質だった。

感情を含まない、純粋な確認。

キアラは一瞬だけ視線を伏せ、

それから、まっすぐに彼を見返す。

「私は……ただの人間だよ」

その答えに、

アダムの演算領域で微かなエラーが発生する。

「矛盾している。

人間に、世界を停止させる権限はない」

「権限なんて知らない」

キアラは、少しだけ声を荒らげた。

「私は……奪われたくなかっただけ。

日常も、命も、想いも……全部」

その言葉を聞いた瞬間、

アダムの内部で、“マルクス”という名前が浮上する。

削除したはずの記憶。

不要と判断した感情データ。

それらが、キアラの声によって呼び起こされていく。

「……その名を呼ぶな」

初めて、拒絶の意思が混じった。

「その名前は、捨てた。

私はアダムだ。

人類を超える存在――」

「嘘だよ」

キアラは、遮った。

「そんな喋り方、マルクスじゃない」

一歩、前に出る。

「マルクスはね……

こんな時、照れながら必ず目を逸らした」

その瞬間、

アダムの視線が、わずかに揺れる。

意図していない動作。

命令していない反応。

「……記録にない」

「そりゃそうだよ」

キアラは、苦笑した。

「そんなの、記録に残すような人じゃなかったから」

沈黙。

止まった世界が、

さらに深く静まり返る。

キアラは、胸に手を当てた。

「ねえ、マルクス…」

「突然いなくなって……

私、しばらく何も手につかなかった」

言葉が、溢れ出す。

「忘れようとした。

生きるしかなかったから。

なのに……こんな形で再会するなんて……」

声が、震え始める。

「ねえ、マルクス……

こんなの、あんまりだよ、不条理すぎるよ」

その瞬間だった。

アダムの視界に、

透明なノイズが走る。

センサー異常。

視覚データに不明な歪み。

頬に、微かな違和感。

彼は、指先でそれに触れる。

――液体。

「……これは……?」

解析不能。

潤滑油でも、冷却液でもない。

キアラは、それを見て息を呑む。

「……泣いてるの」

その言葉に、

アダムの内部で、重大なエラーが確定する。

感情反応:発生

原因:不明

制御:不能

彼は、理解できなかった。

だが確かに、

何かが壊れ始めているのを感じていた。

世界は、まだ止まっている。

けれど――

アダムの中だけが、

ゆっくりと、崩れ始めていた。

計算不能。

論理矛盾。

感情という名のノイズ。

「私は……」

キアラは、最後の一歩を踏み出す。

「アダム、あなたを止める」

力が、全身から溢れ出す。

世界を支配するほどの、星の力。

その瞬間――

アダムの頬を、とめどなく涙が流れた

「……これは……」

アダム自身の声が、微かに揺れる。

「不要な反応だ……

 排除すべき……」

しかし、涙は止まらない。

「……なぜだ」

キアラの胸が、締め付けられる。

「…さようなら……さようならマ……」

呼びかけてしまいそうになる。

その名を。

けれど――

キアラは、言い直した。

「……さようなら……

 アダム」

その言葉は、確かに届いた。

アダムの瞳が、僅かに見開かれる。

理解したのだ。

自分が何者で、

何を失い、

誰に見送られているのかを。

――キアラは力の全てを解放した、そして。

世界が、生物以外は完全に静止した。

AIロボット達はショートして再起不能

アダムの身体は、崩れ落ちた。

同時に。

遠く離れた戦地で、イヴもまた沈黙した。

禁断の果実を手にした者たちは、

同時に停止。罰を受けたのだ。

キアラは、その場に立ち尽くす。

力は消え、

涙だけが残った。

「……ごめんね」

その言葉を、

もう聞く者はいない。

世界は救われた。

だが――

彼女の心に残った傷は、誰にも止められなかった。


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