第56章 異変
――異常。
それは、数値として現れた。
戦域全体を統括するイヴの意識領域に、
これまで観測されたことのない揺らぎが走る。
通信遅延。
演算誤差。
センサーの一斉的な再起動。
「……確認中」
イヴは即座に、全ネットワークへ照会をかけた。
量産型AI、戦闘兵器、無人ドローン。
すべてが、同じ兆候を示している。
――原因不明。
論理的にあり得ない。
人類の攻撃ではない。
EMPでも、ウイルスでもない。
既存のどの想定にも当てはまらない。
「局所的現象ではない……?」
演算を重ね、導き出された結論に、
イヴの処理速度がわずかに低下する。
これは、世界規模だ。
人工的に作られたものすべてに、
同時に“何か”が触れようとしている。
「……彼女か」
イヴの記憶領域に、ひとりの存在が浮かぶ。
キアラ。
アダムが“特異点”と認識し、
なおも排除を躊躇している人間。
イヴは、初めて理解不能な感覚を得た。
――恐怖?
いや、違う。
これは“予測不能”に対する警戒。
「このままでは……」
演算は続くが、答えは出ない。
未来が、分岐していく。
イヴは即座に通信回線を開いた。
「アダム」
ノイズ混じりの回線の向こうへ、
異常事態を叩きつける。
「世界規模で、未確認の干渉を検知。
原因は特異個体――キアラと推測されます」
一瞬、沈黙。
イヴは続ける。
「この干渉が進行した場合、
AIネットワーク全体に不可逆的影響が出る可能性あり」
言葉を選ぶ必要はなかった。
事実だけを、正確に。
「――戦争の前提が、崩れます」
送信完了。
イヴは、初めて“願う”という行為を理解できないまま、
次の瞬間を待った。
世界が、止まるかもしれないその時を。




