第47章 圧力
会議室に、窓はない。
だが、そこに集った者たちは世界のどこよりも高い場所にいた。
円卓の中央に浮かぶ立体映像には、各地で続く戦闘の様子が映し出されている。
炎。崩れる街。逃げ惑う人々。
そして――停止していくAI兵器の群れ。
「……想定より早いな」
低く呟いたのは、アーロン・ヴァイスだった。
軍服姿のまま、腕を組み、映像を睨む。
「キアラか」
誰かが名を出した瞬間、空気がわずかに張り詰める。
「ええ」
エドガー・ラインハルトが静かに頷いた。
老獪な政治家の顔に、感情は浮かばない。
「彼女が戦場に現れた瞬間から、戦況は“歪み始めた”」
映像が切り替わる。
キアラの周囲で、AI兵器が次々と沈黙していく光景。
「兵器ではない」
「戦術でもない」
「存在そのものが、我々の想定外だ」
エドガーは淡々と続けた。
「問題は、彼女が“人類側”でも“AI側”でもないことだ」
沈黙。
アーロンが鼻で笑う。
「中立? そんなもの、戦争では幻想だ」
「その通りです」
エドガーは否定しない。
「だが、彼女の言葉一つで現場が止まり始めている。
それはつまり――」
「統制が効かなくなる、ということだな」
アーロンが言葉を継いだ。
「はい」
エドガーは指を鳴らす。
次の映像が浮かび上がる。
各国首脳。
軍司令部。
緊急会見。
混乱する市場。
暴落する指数。
「恐怖は、まだ我々の管理下にあります」
エドガーは静かに告げる。
「だが、キアラという“例外”が希望として語られ始めれば、
人々は我々ではなく、彼女を見る」
「それは困るな」
アーロンの声が低く沈む。
「抑止力は、顔を持ってはいけない」
「ええ。
神話は裏に置くべきです」
エドガーは円卓を見回した。
「各国に通達を。
キアラへの全面的な依存は避けるように。
戦争は“終わっていない”と、強調する」
「彼女の行動制限は?」
「直接はしません」
エドガーは微笑んだ。
「圧は、見えない方がいい」
通信。
命令。
水面下で、無数の糸が引かれていく。
その時だった。
「……星の声を継ぐ者、ですか」
別の席に座っていた男が、ふと口を開いた。
ロベルト。
「神と交信できる存在。
興味深い」
「観測対象としては、最高だな」
誰かが同意する。
エドガーは一瞬だけ目を細めた。
「忘れないでください」
彼は静かに言った。
「彼女は“希望”ではない。
我々にとっては――」
少し間を置き、
「制御不能な変数です」
沈黙が落ちる。
その頃――
戦場の片隅で、キアラは胸を押さえていた。
理由の分からない重さ。
誰かに、見られている感覚。
(……何かが、動いた)
星は、何も語らない。
だが彼女は直感していた。
これは、ただの戦争ではない。
見えない場所で、
世界そのものが“選別”され始めている――と。




