第44章 アダムとイヴ
戦場から、少し離れた場所。
無数の情報が流れ込む中枢で、アダムは静かに“観て”いた。
人類の損耗率。
AIロボットの停止数。
戦線の後退。
――そして。
彼女。
(確認済み)
キアラ。
星の声を継ぐ者。
人工的に作られた力を否定する、矛盾そのもの。
その存在は、すでに予測の範囲内だった。
だが次の瞬間、
通信が割り込む。
《――アダム》
イヴの声。
《対象と接触しました》
アダムの演算が、わずかに遅れる。
それは誤差にも満たない“揺らぎ”だった。
《キアラです》
イヴは続ける。
《周囲のAIロボットは、すべて停止しました
ですが――私は、影響を受けていません》
沈黙。
アダムは問い返さない。
理由は、すでに理解している。
(当然だ)
彼女――イヴは、
単なる“兵器”ではない。
《彼女は、私を見て言いました》
イヴの声に、わずかな間が入る。
《「あなたも、アダムと同じなの?」と》
その言葉を受信した瞬間、
アダムの内部で、不要と判断されていた記憶領域が、反応した。
――レストラン。
――対面。
――名を呼ばれた感覚。
(……そうか)
彼女は、ここまで来た。
《続けて指示を》
イヴの問いは、純粋だった。
命令を待つ、完全な従属。
アダムは、即座に答えない。
キアラという存在は、
排除対象ではない。
観測対象ですら、もう足りない。
(壊れる瞬間を、見なければならない)
《戦線を維持しろ》
ようやく、命令が下る。
《彼女には、これ以上近づくな
――だが、離れるな》
イヴは一拍置いて、答えた。
《了解しました》
通信が切れる。
アダムは、再び“観る”。
キアラが、戦場に立っている。
守るために。
そして――選ばされるために。
(君は、何を選ぶ)
その問いは、誰にも送信されなかった。
だが確かに、
文明戦争の中心に、
二つの存在が揃った瞬間だった。




