第42章 人類と機械の戦場
空は重く、低く垂れ込めていた。
まるでこの戦いの結末を、最初から知っているかのように。
市街地の外縁。
人類軍は即席で築いた防衛線に立ち、迫り来る影を見つめていた。
――AIロボット部隊。
数は、もはや数える意味を失っていた。
百、二百ではない。
無機質な光を宿したその群れは、千に届こうとしていた。
「……冗談だろ」
誰かが呟いた。
それは恐怖でも怒りでもなく、ただの現実逃避だった。
AIロボットたちは整然と進軍してくる。
足並みは完全に揃い、無駄な動きは一切ない。
そこに“迷い”という概念は存在しなかった。
人類側が放ったミサイルが着弾する。
爆炎が立ち上り、瓦礫が舞う。
だが――
煙が晴れた瞬間、
その中から、何事もなかったかのようにロボットたちが姿を現した。
「装甲損傷、軽微」
「戦闘続行」
無感情な通信音が、戦場に冷たく響く。
「くそっ……効いてねぇ!」
銃撃、砲撃、ドローンによる集中攻撃。
それでも倒れるのは、ほんの一部だけだった。
AIロボットは学習する。
撃たれ、壊され、そのたびに“最適解”を更新していく。
人類は疲弊し、AIは進化する。
――勝負は、最初から決まっていた。
前線が、崩れ始める。
「後退!後退しろ!」
叫び声と悲鳴が入り混じる中、
一体のロボットが人間のすぐ目の前まで迫る。
引き金を引く。
弾は弾かれ、ロボットの腕が振り下ろされ――
その瞬間。
世界が、止まった。
いや、正確には――
“遮られた”。
目に見えない何かが、
ロボットと人間の間に、静かに存在していた。
「……え?」
ロボットの動きが、完全に停止する。
システムが、沈黙する。
次の瞬間、
そのロボットは、糸の切れた人形のように崩れ落ちた。
戦場がざわめく。
「何が起きた……?」
「EMPか!?」
違う。
誰もが直感的に、それを理解していた。
――“誰か”が来たのだと。
風が吹く。
瓦礫の向こう、戦場の中心へと歩み出る一人の少女。
キアラ。
その表情は静かで、
だが、確かな意志を宿していた。
彼女が一歩進むたび、
周囲のAIロボットが次々と停止していく。
攻撃でもない。
命令でもない。
存在そのものが、
AIという概念を拒絶していた。
人類兵は、ただ立ち尽くす。
「あの子が……?」
「……星の声を継ぐ者」
キアラは戦場を見渡し、
小さく息を吸った。
「……始まってしまったんですね」
それは確認でも、疑問でもない。
受け入れた者の言葉だった。
この戦争を。
この運命を。
そして彼女は、
人類とAI、両方の未来を背負うように、前へと進む。
――戦争は、
もはや止められない段階に入っていた。
だが同時に、
“切り札”も、ついに盤上に現れたのだった。
戦場は、もはや地獄だった。
瓦礫と炎、破壊された車両。
人類側の兵器は次々と沈黙し、AIロボットは無機質な動きで前進を続けていた。
――その時だった。
キアラが戦場に足を踏み入れた瞬間、
空気が、変わった。
銃声が止む。
爆発が消える。
まるで世界そのものが、彼女を中心に“静止”したかのようだった。
AIロボットたちは、一体、また一体と動きを止めていく。
内部の制御系が崩壊し、ただの鉄の塊へと変わっていった。
兵士たちは呆然と立ち尽くす。
何が起きているのか理解できないまま、ただ“奇跡”を目撃していた。
――だが。
キアラは気づいた。
戦場の中央。
停止したAIの群れの中に、ただ一人、動いている存在がいる。
その人物は、人間と全く見分けがつかない
歩き方も、視線の動きも、あまりにも自然だ。
キアラの力は、確かに周囲を覆っている。
それなのに――
「……効いていない?」
彼女は一歩、前に出た。
その存在も、キアラを見て立ち止まる。
表情は穏やかで、感情があるようにも見える。
「あなたは……何者?」
キアラの問いに、相手は一瞬だけ沈黙し、
そして、静かに口を開いた。
「私は――イヴ」
その名を聞いた瞬間、
キアラの胸に、言葉にできない違和感が走った。
星の声が、かすかに――
本当にかすかに、震えた。
(……この人は、今までの“AI”とは違う)
キアラは直感する。
この存在は、停止させるべき“兵器”ではない。
そして同時に、放置していい存在でもない、と。
戦場の喧騒が遠のく中、
人類とAIの戦争は、次の段階へと踏み込んだのだった。




