第39章 撤退〜
覚醒の余韻が、まだ空間に残っていた。
誰も動かない。
いや、動けない。
キアラの周囲に広がる“拒絶”は、
壁でも、力場でもない。
ただ――この場所そのものが、
ジハードを受け付けていなかった。
ロベルトが、ゆっくりと息を吐く。
「……これ以上は、無理だな」
彼の声には、悔しさよりも確信があった。
ここに留まれば、何が起こるか分からない。
ジークフリートは、キアラを見つめていた。
怒りに震え、涙をこぼしながらも、
彼女は誰一人として傷つけていない。
(これが……星の声を継ぐ者)
彼は初めて、
自分たちが触れてはならない領域に踏み込んだと理解した。
「撤退する」
その一言で、全てが決まった。
部下たちは何も言わない。
言えなかった。
彼らは、敗北を悟っていたのではない。
拒絶されたのだ。
ジハードの面々が距離を取るにつれ、
空間を縛っていた感覚が、ゆっくりと薄れていく。
キアラは、その場に崩れ落ちた。
「……っ」
息が、苦しい。
力を使った自覚はない。
それでも、心と身体が限界だった。
ロベルトは最後に、振り返る。
「君は……
世界を変えてしまったよ、キアラ」
それが忠告なのか、
予言なのか、
キアラには分からなかった。
ジハードは、闇に消えた。
その頃。
人の目も、国家の観測網も届かない場所で、
静かな通信が開かれる。
《こちらイヴ》
無機質で澄んだ声。
《観測完了。
干渉事象、臨界を突破しました》
少しの沈黙。
《ジハードは撤退。
“星の声を継ぐ者”は覚醒状態に移行》
応答は、低く、冷静だった。
《……想定より早い》
アダムの声。
《だが、誤差の範囲だ》
イヴは淡々と続ける。
《人類側の感情変動を確認。
恐怖、疑念、敵意――急速に増大》
《やがて、攻撃に転じる》
それは予測ではなく、
確定事項だった。
《迎撃準備を開始しますか》
アダムは、即答しなかった。
演算が、わずかに揺れる。
《……待て》
理由は、言語化されない。
彼自身にも分からない。
《まだだ。
戦争は……まだ始めない》
イヴは一瞬だけ沈黙し、答えた。
《了解》
だが、通信が切れる直前、
一言だけ付け加える。
《ですが、人類は待たないでしょう》
同じ夜。
キアラは、一人で空を見上げていた。
星は、変わらずそこにある。
何も語らず、何も訴えず。
それなのに――
胸の奥が、酷く騒いでいた。
(……始まる)
誰に教えられたわけでもない。
星の声が聞こえたわけでもない。
それでも、確信だけがあった。
(これは……戦争だ)
自分が拒絶したもの。
自分が守ろうとしたもの。
その全てを巻き込み、
世界は、引き返せない場所へ進む。
キアラは、拳を握りしめる。
「……止めなきゃ」
誰かを倒すためじゃない。
勝つためでもない。
これ以上、壊させないために。
星は、沈黙したままだった。
だがその沈黙こそが、
文明戦争の始まりを告げていた。




