第37章 ジハードの介入
アダムが研究室を去った直後
低い振動音と共に、空間が歪んだ。
それは転送でも、侵入でもない。
最初から、そこに存在していたかのように、人影が現れる。
黒いローブを纏った者たち。
五人。
その中央に立つ男が、一歩前へ出た。
白髪交じりの短髪、鋭い眼光。
表情には一切の感情がない。
「――初めまして、キアラ」
その名を、正確に呼んだ。
「我々は秘密結社ジハード」 「人類の“次”を定義する者たちだ」
キアラは、即座に理解した。
――この人たちが、元凶。
男は続ける。
「私はロベルト」 「君は、長年の観測対象だった」
「……観測?」
「そうだ。神と交信できる人間」 「魂を“保持したまま”存在できる特異点」
ロベルトの視線が、
キアラの“内側”を覗き込むように細められる。
ロベルトの言葉に、キアラの眉がわずかに動いた。
「……神と交信?」
「どうして、あなたがそれを知ってるの?」
空気が、一瞬張り詰める。
ロベルトは、ためらいなく答えた。
「我々が直接観測したわけではない」
その背後で、
フードを深く被った人物が一歩前に出る。
「古代文明の記録だ」
低く、落ち着いた声。
「地底に残されていた“星の文書”」 「そこに、こう記されていた」
クラウドは、淡々と続ける。
「――星の声を継ぐ者」 「神と交信し、人工の力を拒絶する存在が現れる、と」
キアラの喉が、微かに鳴った。
「……それを、あなたが?」
「解読した」
クラウドは頷く。
「現存する言語ではなかった」 「論理でも、数学でもない」 「“意味”ではなく、“概念”を読む文字だ」
ロベルトが、言葉を引き取る。
「我々は、その条件に合致する人間を探した」 「そして――君に辿り着いた」
キアラは、愕然とした。
自分の“祈り”が。
星との対話が。
誰にも知られていないはずのものが――
遠い過去から、既に“記録されていた”。
「……そんなの……」
ロベルトは、静かに言った。
「偶然ではない」 「君は“起こるべくして現れた存在”だ」
「魂の正体を解明するには、君が必要だった」
その言葉を聞いた瞬間、
キアラの背後で、空気が揺れた。
ジークフリートが、姿を現す。
「……ロベルト」 「話が違うぞ」
ロベルトは、わずかに口角を上げた。
「今が、その時だと判断した」 「君にも、真実を知る権利がある」
キアラは、視線をジークフリートへ向ける。
その目は、静かだった。
だが、底に怒りが沈んでいる。
「……どうして」
一歩、前に出る。
「どうして、マルクスにこんな事をした?」
ジークフリートは、一瞬だけ目を伏せた。
「彼は、死んだ」 「だが――“使える”と思った」
キアラの胸が、締め付けられる。
「……どうやって」 「死人を、AI生命として生き返らせたの?」
ジークフリートは、淡々と答える。
「ナノチップだ」
「神経細胞一つ一つに介入し、死の直前の脳構造を完全記録」 「人格、記憶、思考傾向を再構築し」 「それをAI基盤に移植した」
「肉体は不要だ」 「魂の“痕跡”さえあればいい」
その言葉に、アダム――いや、マルクスの身体が、微かに震えた。
キアラは、震える声で問いかける。
「……目的は何?」
「何のために、そこまでしたの?」
沈黙の後、
ロベルトが、全員を代表するように答えた。
「人類の進化だ」
「死を克服し」 「魂をデータとして管理し」 「神の領域へ到達する」
「我々は、“神を解析する”」
キアラの表情が、凍りつく。
「……解析?」
「そうだ」 「神は観測されなければならない」 「君は、その鍵だ」
次の瞬間。
――パンッ。
乾いた音が、空間を裂いた。
キアラが、ロベルトの胸倉を掴んでいた。
「……ふざけるな」
声は低く、震えている。
「命を」 「魂を」 「人を」
一人一人、睨みつける。
「道具みたいに扱って……」 「それで“進化”?」
掴んだ手が、光を帯び始める。
「そんなもの――」
感情が、臨界点を超えた。
「進化じゃない……!」
その瞬間、
キアラの周囲半径数十メートルに、不可視の壁が展開された。
ジークフリートの装置が、一斉に沈黙する。
ジハードの武装、通信、ナノ制御――すべてが停止。
「な……何だ、これは……」
ロベルトが、初めて動揺を見せる。
キアラは、涙を浮かべながら叫んだ。
「命は……」 「魂は……!」
「解析するものじゃない!!」
光が、世界を包み込む。




