第三章 別れ
冬の気配が、街の空気を少しずつ冷やしていく。
木枯らしが吹き抜ける歩道を、キアラとマルクスは並んで歩いていた。
「寒くなりましたね」
キアラがそう言うと、マルクスは自分のコートを脱ぎ、何の迷いもなく彼女の肩に掛けた。
「え、いいです。風邪ひきますよ」
「大丈夫です。こう見えて、意外と丈夫なんで」
そう言って、いつものように屈託なく笑う。
だが、その横顔は、どこか青白く、以前よりも痩せたように見えた。
キアラの胸に、言い知れぬ不安が広がる。
「……最近、無理してませんか?」
「してませんよ。ほら、元気元気」
軽く拳を握って見せるマルクス。
けれど、その動きは僅かにぎこちなく、息遣いも浅い。
キアラは、それ以上踏み込めなかった。
彼が何かを隠している。
それだけは、はっきりと分かった。
数日後。
キアラは、マルクスと連絡が取れなくなった。
メッセージは既読にならず、電話も繋がらない。
胸騒ぎに突き動かされるように、彼の住んでいるアパートへ向かった。
しかし、そこに彼の姿はなかった。
部屋は、驚くほど整然としていた。
まるで、最初から誰も住んでいなかったかのように。
――嫌な予感が、確信に変わる。
数日後、キアラのもとに、一通の封書が届いた。
差出人の名前を見た瞬間、指先が震える。
《キアラへ》
突然、姿を消してごめん。
君に何も告げずにいなくなることを、ずっと迷っていた。
でも、どうしても、言えなかった。
君の隣で、未来の話をするたびに、胸が締めつけられたから。
俺は、長くは生きられない。
ずっと前から、自分の体のことは分かっていた。
それでも、君と出会ってしまった。
君と笑って、話して、何気ない日々を過ごしてしまった。
それが、どれほど幸せだったか……
きっと、君には分からない。
だから、俺は行く。
君の人生から、俺の死を消すために。
どうか、幸せでいてほしい。
君の未来が、光に満ちていますように。
マルクス
手紙は、途中で涙に滲んだ。
キアラはその場に崩れ落ち、声を殺して泣いた。
――嘘だ。
――勝手すぎる。
――でも……優しすぎる。
それから、どれだけの時間が経ったのか。
キアラは、ただ茫然と夜空を見上げていた。
星々は、いつもと変わらぬ輝きを放っている。
何も語らず、何も訴えず、ただ静かに。
「……どうして……」
掠れた声が、闇に溶ける。
その瞬間。
胸の奥で、何かが微かに震えた。
まるで、遠くから呼びかけられたような――
《……キアラ……》
微かな声。
確かに、聞こえた。
彼女は、はっと顔を上げる。
だが、そこにあるのは、無数の星と、静寂だけだった。
それが、
彼女と“星の声”との、
最初の邂逅であった。




