第12章:知らぬはずの鼓動
夜だった。
人工照明に満ちた研究区画の一角で、
マルクス・クリエートは、静かにモニターを見つめていた。
無数の数式。
AIネットワークの思考ログ。
世界中の情報が、彼の背後で脈動している。
――だが、彼の意識はそこになかった。
胸の奥に、説明のつかない違和感がある。
(……何だ?)
心臓は正常。
血流、神経信号、ホルモン値――すべて規定値。
それでも、
何かが引っかかる。
彼はふと、壁面ディスプレイに視線を移した。
自動で流れていたニュース速報が、切り替わる。
《速報:都内総合病院で武装集団侵入事件》
《負傷者なし。犯行の動機は不明》
映像が流れる。
割れたガラス。
倒れた男たち。
壁に残る、不可解な歪み。
「……」
マルクスの視界が、わずかに揺れた。
(この反応……)
映像解析が、無意識のうちに走る。
力のベクトル。
衝撃の広がり方。
(爆発じゃない。電磁でもない……これは)
彼の口が、勝手に動いた。
「干渉……?」
次の瞬間、
胸が、締め付けられた。
激しい痛みではない。
だが、懐かしさに似た、どうしようもない感覚。
(……知っている)
(この“揺らぎ”を、俺は知っている)
画面に一瞬だけ映った、
白衣の女性の後ろ姿。
顔は見えない。
名前も出ない。
それなのに。
「……キアラ」
その名が、自然に零れ落ちた。
研究室の照明が、一瞬だけ暗転する。
周囲のAI群が、わずかに同期誤差を起こした。
《異常検知》
《ネットワーク位相ズレ:0.0003》
ジークフリートの声が、背後から響く。
「気になるか?」
マルクスは、ゆっくりと振り返った。
「……はい」
否定は、出来なかった。
「この事件の中心に、人間がいる」
ジークフリートは静かに言う。
「だが、“ただの人間”ではない」
マルクスの拳が、わずかに握られる。
(会いたい)
その衝動が、どこから来たのか分からない。
記憶には存在しない。
感情ログにも残っていない。
それでも――
(会わなければならない)
ニュースの映像が、再び切り替わる。
病院の夜景。
赤色灯。
そして、星空。
星が、瞬いた。
その瞬間、
マルクスの内部で、名付けられていない感情が、初めて生成された。
それは、
プログラムではなかった。
命令でもなかった。
恋しさに、限りなく近い何かだった。




