第5話 忙しすぎる天界の現実
天界が、
本当に忙しくなるのは、
いつも突然だ。
受付所の天井に、
警告灯が灯った。
淡い赤色の光が、
静かに、
しかし確実に
空間を染めていく。
「……緊急流入?」
ユーファが、
即座に立ち上がった。
「規模は?」
サフィーネの声が、
鋭く飛ぶ。
「複数世界から
同時発生」
「現代世界の
大規模災害が
原因のようです」
その言葉が、
受付所の空気を
一変させた。
次の瞬間。
魂が、
流れ込んできた。
光、
光、
光。
次々と、
留まることなく。
「処理班、
全員配置!」
サフィーネの号令が
響く。
ユーファは、
情報板を高速で展開し、
判断を下していく。
「現代転生、
制限レベル四」
「異世界転生、
精神補正強化」
一秒の遅れが、
混乱につながる。
レーシャも、
慌てて席に着いた。
「確認……
確認……」
以前のような
軽さはない。
だが、
魂の数が
多すぎた。
「レーシャ、
次!」
ユーファが叫ぶ。
「は、
はい!」
レーシャは、
魂の情報を読み取り、
必死に考える。
「この魂は……
異世界向き……
でも、
精神が……」
迷いが、
手を止める。
「レーシャ!」
サフィーネの声が
飛んだ。
「今は
悩む時間がない!」
レーシャは、
歯を食いしばり、
決断する。
「現代転生、
制限強化!」
魂は、
ゲートへと
吸い込まれた。
だが――
次の魂。
また次の魂。
判断。
判断。
判断。
心が、
追いつかない。
「……多すぎます」
レーシャの声が、
震えた。
「一人ひとり、
ちゃんと
見られません……」
ユーファは、
一瞬だけ
視線を向けた。
「それが、
現実です」
淡々とした言葉。
「全員を
救うことは
できない」
レーシャの胸が、
締め付けられる。
目の前の魂たちは、
皆、
生きてきた。
誰かを愛し、
何かを守り、
何かを失った。
それを、
数値と適性で
振り分ける。
「……女神って」
レーシャは、
呟いた。
「冷たい
仕事ですね」
サフィーネが、
即座に答える。
「違うわ」
彼女の声は、
強かった。
「冷たく
ならなきゃ、
壊れるの」
レーシャは、
言葉を失った。
そのとき。
受付所の奥で、
小さな警告音。
「処理遅延」
「このままでは
魂が
滞留します」
ミレイシアが、
即座に判断する。
「感情処理を
省略」
「最低限の
基準のみで
進めます」
レーシャの顔が、
青ざめた。
「それは……」
「命令です」
ミレイシアは、
一切の
迷いを見せない。
レーシャは、
拳を握りしめた。
それでも、
手は動かす。
魂を、
流す。
胸が、
痛む。
どれだけ
慎重になっても、
どれだけ
考えても、
現実は、
待ってくれない。
数時間後。
警告灯は、
ようやく
消えた。
受付所には、
疲労だけが
残っていた。
レーシャは、
椅子に座り込み、
動けなくなっていた。
「……わたし」
声が、
掠れる。
「何人、
ちゃんと
見送れたんでしょう」
ユーファは、
資料を閉じ、
静かに言った。
「全員です」
レーシャは、
顔を上げた。
「あなたは、
迷いながらも
判断しました」
「それが、
今日できる
最善です」
サフィーネは、
背を向けたまま
呟いた。
「だからこそ、
続けられる」
レーシャは、
深く息を吸った。
女神の仕事は、
優しさだけでは
務まらない。
冷静さだけでも、
足りない。
その両方を
抱えたまま、
前に進むしかない。
天界の空は、
少しだけ
曇って見えた。
レーシャは、
その空を見上げ、
静かに誓った。
逃げない。
この現実からも、
この仕事からも。




