第20章 汲子 サクラサク キャンパスライフ
第20章 汲子 サクラサク キャンパスライフ
「あった! あった、あった……」
鷹嘴汲子、渦潮教育大学、合格。
「君、受かったんだね?
おめでとう! ようこそ渦教へ」
アメフトの格好をした先輩たちが、
私を胴上げしてくれる。
「良かったねぇ、汲子。
お母さん、あなたがあんな大怪我をした時、
人生を諦めるんじゃないかって、ずっと心配してた。
九死に一生を得ることの尊さを教えてくれてありがとう。
今日は久しぶりに実家に寄っていらっしゃい。
あなたの好きな料理、たくさんこしらえておくから」
温かい家族からのメッセージ。
携帯を耳に押し当てたまま、とめどなく涙が流れる。
この大学に来た理由は、
熱い熱い中学教師になるためだが、
一方で、ついにドラムスへの花道を通る決心ができた。
合格発表を見届けたその足で、
一つずつ音楽系サークルの教室に顔を出してみる。
一番最後に覗いてみた「ミュージック・阿波ー」
というサークルに長居していると、
先輩らしき男性が声を掛けてきた。
「君、新入生?」
「あ、はい。ミュージック・阿波ーって、
面白いネーミングですね」
「あぁ、アレ。イカしてるでしょ?
良かったらパンフレット持っていんでよ」
いんで=帰っての意味。宇和島ことば、故郷の匂いがした。
「だんだん」
「あっ、君、もしかして愛媛出身?」
「はい、有名なよもだでした」
よもだ=のんびりした人 いい加減な人。
私は前者の意味で使った。
「俺もよもだなんだ。二人で組んだら
『よもだよもだ』になるね」
「ふふっ、まるで小さな漫才師みたいですね」
もっと吟味する余地はあったが、私の大学1年目は、
ミュージック・阿波ーのメンバーと共に歩んで行こう。
「鷹嘴ー、俺とネコ型ロボットの共通点を簡潔に述べよ」
「うーん……ポケットが四次元?」
「いい線突いてくるな、流石、鷹嘴。
でも残念ながら違うんよ。
正解は、妹が黄色い、でしたー」
「あちゃー、言わんとしたいことは解るが、
シュールやなぁ。
先輩、自分で言うてて少し恥ずかしかろ?」
ミュージック・阿波ーで最初に声を掛けてくれた
3年の福山先輩。生まれこそ長崎だが、
小さい頃から愛媛で育ち、
言葉の端々に宇和島ことばが顔を出す。
ミュージック・阿波ーに入会して3カ月、
私は一度もスティックを握らずに過ごした。
しかし、水面下では着々とドラムス復帰の準備を進める。
安易な思い付きだが、『神の指先』が過去の栄光なら、
どこか身体で特化した部位、
例えば爪先で神憑り的なビートを刻むことはできないか?
その答えに辿り着くべく、
私は爪先で表現できる限界の検証をスタートさせた。
ツー・バスと言って、バスドラムをキックで
ドン! ドン! とペダルを踏み打つやり方は、
一般的に広く普及している演奏方法だ。
だったら、トリプル・キック(3連打)、
クアタネリー・キック(4連打)と
ペダルを改造して足周りを忙しくしてみてはどうだろうか?
理論的にはできなくないし、
できたらそれこそ『神』の領域に間違いない。
ただ気がかりなのは、スネアやハイ・タムのような
軽快で突き抜けたショットと
対極の音になってしまうのでは? という点。
重低音は効果的に入れることによって、
厚みや重みを聴衆の鼓膜と下腹部にコンタクトするが、
ドスドス、バタバタ鳴らしまくった所で、
真の爽快音と成り得るだろうか?
まあ、頭の中でグルグル考えたって始まらないので、
福山先輩と2年の柴咲先輩に協力してもらって、
3連打、4連打が実現可能か、
ペダルの改造から着手してみることにした。
無理なら一から案を練り直し、なんて考えていたけど、
問題は意外にすんなり解決。
しかし、一点気になることが。
バス・ドラムを並列させて右足、左足で
それぞれのペダルを交互に踏めば、
ダブル・キック+ダブル・キック=4連打が可能になるのだが、
そのポジションだと、
左側にあるハイハット・シンバルの
オープン/クローズの演奏ができなくなる。
つまり、左足はシンバルを閉じたり開いたり
カチャカチャやりながら、
バス・ドラムのキックにも
注意を払わないといけないという、
何とも忙しい状況が
待ち受けているということになる。
『人』が『神』になる―、この崇高さが、
ここ数日の試行錯誤で痛いほど思い知らされた。
今の私は凡庸以下。
でも、それで終わるような人間じゃないことは
自分自身よく知っている。
挑戦に対価は要らない、
好きなだけぶつかって、
枯れるまでのたうち回ってやろう。




