第09章 第1楽章 亜紀子 果てしなく憧れのまま
興奮で言葉が鼻息混じりの吹丘亜紀子に、似顔絵を描かせて欲しいと懇願する
箸元先輩(恵梨子の兄)。
好意の表れか、それとも……?
第9章 第1楽章 亜紀子 果てしなく憧れのまま
は、は、はひもとしぇんぱい?
ちょ、落ち着け、落ち着けワタシ。
この期に乗じて先輩と仲良く、なんて虫が良すぎるわよっ!
でも、お顔を拝見したいなぁ。
「ただいま、恵梨子。あっ、どうもこんにちは。
妹と仲良くしてやってくださいね」
「は、はひっ! こちらこそ、仲良く、仲良くですぅ……」
「はひ、ってアッコちゃん、どっから声出しとんの。
紹介するわ、兄ちゃんと同じ県立東城高等学校の吹丘亜紀子さん、
今ベースの音階を教えてたんよ」
「吹丘さん、今日ライヴ会場に居たでしょ?
俺は用事があったから片付けしか参加できなかったけど、
汐音ちゃんと恵梨子と三人で楽しげに話していたの見かけたから」
うそぉ、これってチャンスなんじゃない?
んな訳ないか、でも嬉しいなぁ。
「吹丘さん、帰るまでに時間あるなら
似顔絵描かせてもらえないかな?」
「も、も、勿論いいですけど、どうして私の顔を?」
いつも眺めていたいからですよ、ってキャーキャー!
て、照れちゃう!
「恵梨子に、君の顔を教えてあげたくて。
こう見えても、俺、描写は得意なんです。
その絵に木工用ボンドで縁取りをすれば、
指先で人相を認識という具合に、ね」
なんて妹想いのお兄さん。もう!
先輩ったら、どこまで私の体温を
上げるおつもりですかっ?
「アッコちゃん、盲目の人が、
他人の顔に直接触れて人相を認識する光景、
何かで観たことない?
あれ、昔やってたんだけど、触られるのに抵抗がある人も居るし、
絵に残した方がいつでも確認できるから。
兄ちゃんの腕前が本物であろうと、そうでなかろうと、
ウチの頭の中には一つの実像が結ばれる訳だから問題ないじょ?」
そうか、おそらく箸元先輩の絵の腕前は素晴らしいんだろうけど、
例え実物と乖離していたとしても、
エッちゃんにはなんの支障もないんだ。
あごを引いて、身長を刻んだのであろう柱の傷をうつろに眺めながら、
先輩が鉛筆を走らせ終えるのをただただ待つ。
「……っと、でーきた。吹丘さん、協力ありがとう。
恵梨子、ボンド塗って乾いたら渡すから楽しみにしてな」
「ありがと、兄ちゃん。アッコちゃんも
長いことじっとしてたんで疲れたんやない?」
「ううん、平気よ。先輩、どんな風に描いてくださったんですか?」
うー、ドキドキ。
「はい、こんな感じでどう? 吹丘さんは線が繊細だから、
鉛筆で描くの難しかった。じゃあなんで描く?
って、なんだろうな。まあ言い訳は言わないことにするよ。
改めて、協力してくれてありがとう」
先輩、男らしいな、言い訳は言わない、か……。
私も見習って真っ直ぐに生きて行けたら。
それで、完成した作品は?
「うわぁ、素敵! 5割増しに美人ですね。
先輩は将来、芸術で身を立てて行かれるんですか?」
緊張してるけど、意外と積極的な私。
「願望は、ね。母親がそっち方面で少し力のある人だから、
俺も恵梨子も絵は小さい頃から慣れ親しんできたんだよ」
エッちゃんも、って凄い!
光を失ってもこれだけ前向きなら、
医学の進歩に期待して光の恩恵に与らせてあげたい。
「エッちゃん、どんな絵を描くの?」
「あ、嬉しいなぁ、興味持ってくれたん?」
「恵梨子は空の絵が多いんだよな。
説明より観てもらう方が早いんだけど、
人も車も船も、みーんな雲の上に浮かんでるんだ。
でも、空の色味とか、太陽の眩しさとか、
実物を知らないはずなのに、よく特徴を表しているよ」
恵梨子は油彩画を母親から習っていると豪語していた。
その腕前や如何に?
先天盲というハンディをものともせず躍進する女子。
彼女が描く油彩画は兄が言う通りだとしたら
意図をもって描いているのか……?




