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プロローグ_【転生したら貴族でした】

 地下鉄のホームは相変わらず混雑していた。塾帰りの道、午後八時は会社員の帰宅ラッシュの時間帯である。

 せわしなく動く人影は全体を見ると一つの巨影のようだが、じっくり見るとその影一つ一つは全く違う動きをしているのがよく分かる。電車の遅れに苛立ちを覚える人、トイレに行く為か股をキュッと締めてそそくさと移動する学生、柱にもたれかかってスマホでマルチゲームをしている、私と同じ塾帰りの学生…。

 ギョロギョロと目玉を動かし、イワシの群れのようにゆらゆらと動く人影を一つ一つ観察する。スマホの充電が危うくなった時、気を紛らわす為によくやっていることだ。


 じっくりと辺りを見回しながら人を見ていると、ズボンのポケットが軽く揺れた。小刻みな振動と機械を起動したときのヴーッという音。

 誰かの着信だと思った僕は残り充電七パーセントのスマホを取り出し、画面を見る。


 『沢木くん、来週の土曜日遊びに行かない?』20:12

 『りょーちゃん、期末テストの範囲教えて(´・ω・`)』20:10


 友人からの遊びの誘いと、テスト範囲の質問だった。

 ロック解除をし、コミュニケーションツールを見るとなんと二十件近くの未読があった。それも一人ではなく十五人近くから。ついさっきまで人ごみに押されてたので確認している暇がなかったのだ。


 「多いな…。帰って充電しながらでもいいかな。いや、この二件は返しておくか」


 友人のアイコンをタップし、質問や簡単な雑談に返答する。こうしたつながりは一見面倒でもあるが、僕の性格を如実に表していると言ってもいいだろう。

 僕は控えめに言って人の細かな動きや特徴からその人の心情や次に起こす行動、未来を予測できる。無論超能力ではなく、細部まで行き届く観察眼によるものだ。この観察眼でカップル成立させたり、先生の動きからテスト範囲でどこが出るか予測したり、友人たちのすれ違いを事前に止めたりしている。こうした成果故か、友人達からは「色んなことに気づく人」や「痒いところに手が届く人物」として仲良くしてもらっている。


 『いいですよ。何時のどこ集合します?』

 『まだふわっとしか分からないけど、国語は羅生門、古文・漢文は万葉集と論語が出るんじゃないかな。日本史は昭和初期、生物は臓器とアミノ酸の種類あたりかな』


 早速返し、電源を落とす。

 列の最後尾に並び、僕は電光掲示板を見る。遅延はまだ続いており、乗る頃には午後九時あたりになるだろうか。


 「す、すいません…」


 全体的に苛々が募り、電光掲示板を見上げる人がちらほらと出ている中、僕の背後を誰かが少し押した。

 振り返ると若い会社員、女性が無理やり集団の中を割って入って行ったところだった。ビジネスバッグにピンヒール。少し乱れた服装から焦りが見える。

 

 (………おかしいな)


 と思ったのも、電車の遅れは既に四十分を超えており、この分だとまだまだ遅れそうなものだが、今さっき通った女性社員はかなり慌てていた。誰かと待ち合わせているのかと思うが、表情の焦り方は時間に遅れそうな人のそれではない。少々の服の乱れも少し走ったから故だろう。では、何故走っていたか。

 答えは明白だ。何かに追いかけられたのだろう。いや、追いかけられるのではなく、そういった存在がいる事を感知したのだろう。それで慌ててこの混雑した駅で撒こうと考えたか。

 

 (ともなれば、女性社員の後に少し急ぎながらここに入ってきた人が怪しいか)


 僕が並んでいるこの列は、上層への階段から一番近い。更に向こうにある階段は雨漏りの影響で一時的に封鎖されている為、女性を追いかける人がいるとするならこの階段を使わざるを得ない。


 じっくりと階段を注視していると、ちょっと焦った風のサラリーマンらしき人物が階段から降りてきた。前髪が隠れ、マスクをしているため顔はよくわからないが、人の行動から読める情報もある。

 少し走ったのか、マスクからは興奮気味の荒い鼻息が聞こえ、怒りに震えているのか、バッグを握る手には力が入っていた。

 やがてそのサラリーマンは内ポケットからスマホを取り出し、画面と駅のホーム全体とを見比べている。おそらく、追いかけられた側のスマホにGPSでもはいっているのだろう。関係性は元カレとかだろうか。

 

 (しかし、こいつ、殺る気で来てるなぁ…)


 階段を一段一段降りながら、スマホ画面と駅のホームを見比べるサラリーマンの腰、言わばズボンのポケットには折り畳み式のナイフらしきものが浮き出ていたのが目に入った。ライターにしては大きく、電子タバコにしては形の違うものであった。

 僕はそこまで考えた後、行動に移すことにした。


 (覚悟を決めてるってか、パニックになってるって感じかな。反撃されないとは限らないけど、言うだけ言ってみるか)

 

 無論、全く違う人物と言う可能性も、僕の思い込み過ぎと言う可能性もある。間違ったことを言ったら素直に謝ろう。


 サラリーマンはスマホ画面から目を離すと、そそくさと歩き出した。おそらく狙いをつけたのだろう。


 僕は敢えて最後尾と後ろの壁の間に隙間を作り、こちらの隙間を縫って行こうと誘導する。相手から注視されたくない人間なら、空いてる隙間から入るだろうと考えた故の行動だったわけだが、


 (通るよねぇ、やっぱり)


 変に列を横断することはなく、僕の作った隙間に向かう男に心の中でガッツポーズをする。


 やがて、隙間に足を踏み入れたサラリーマンに、僕は軽いノリで声を掛ける。


 「追いかけているのは女性ですか?」


 「っ!?」

 

 僕の背後で、かすかだが確かに足が止まった音がした。息を詰め、一瞬こちらを見る。僕は顔を合わせずに淡々とそのサラリーマンに語り掛ける。変に思い違いと思われて進まないように、次の言葉で完全に足を止めさせることにした。


 「女性会社員でしょうか。黒髪のロングはこういった場だと見つけづらいですからね。しかしそういったアプリを合意なしで使うのはどうなんでしょうね」


 「………」

 

 「同じ会社の方でしょうか。でも分かりますよ。好きな女性が男性用のシャンプーの臭い撒いてたら疑り深くなっちゃうし」


 「殺人はやめろ!」と言うよりも、相手の立場の視方で話す。これが説得における重要なことだ。ある程度理性が残っている人なら大体話は聞いてくれるものだ。

 ついさっきぶつかった女性の髪の毛から漂う男性用シャンプーはあまり気にならなかったが、男の行動を諫める為に記憶の隅から出てきたのだ。


 サラリーマンはこちらに意図を見破られたことに動揺しているのか、こちらから少し距離を取ったのが分かった。ほんの数ミリの差だが、靴とアスファルトの擦れ音は、確かにこちらを勘ぐっているものだと確信した。


 (しかし、男性用シャンプーの臭いが原因の一つなら直接本人に聞けばいい話だ。おそらく部署が違うか、女性社員とは関係的に距離があると見るべきか)


 「ですが、あまり良いとは思えませんよ。そのズボンに入ってる刃物とか、護身用でも中々持ち歩かないものですよね?」


 「………」


 カチャリと金属音が聞こえた直後、そう言うと、サラリーマンはズボンから手を出したのかぴたりと音が止んだ。


 一応、僕自身に牙が向くことはないと考えたが、まだ油断はできない。


 「ひとまず、一旦落ち着いてみるのはどうでしょう。早まってしまうと後悔するかもしれませんよ。案外、何かの思い違い、すれ違いというのもありますから」


 「………思い、ちがい………?」


 一瞬しまったと思った。


 初めて聞く男性の声。マスクがあるとはいえ少しだみ声に近い。しかしこれはどうでもいい話題だ。「しまった」というのは、この声のニュアンスだ。

 自分にとって受け入れがたい言葉をきいた人の、最初の反応だ。そしてこの次に出てくる言葉、否、一度覚悟を決めた人の出る行動と言えば、だ。


 咄嗟に駅の階段の方に身体を向け、走り出そうとするが一歩遅かった。


 ドッと背中の一点に衝撃が走り、その場にうつぶせになって思い切り顎を打ちつけた。後から背中に鈍痛が走るが、構わず今度は肩の方に激痛と衝撃が走った。

 なんとか這い出して逃げようとするが、覆いかぶさっているので全く動くことが出来なかった。


 激痛に視界が点滅し、口から何かが溢れてくるのが分かった。何かを吐き出して声を上げようとするが、新たな激痛でかすれた声しか出ない。


 周囲からは悲鳴が聞こえ、僕を刺し続けるサラリーマンのストーカー疑惑男はなにかを叫んでいるが関係ない。ひどい耳鳴りでとぎれとぎれにしか聞こえない。


 「何が、思い違いだ! ぼ、ぼくは知ってるんだ! 見たんだ! あいつが男の社員と仲良く話してるのを! きっとあいつのことが好きなんだ! いままで他の男と話してるところなんて見たことない! なんでお前みたいなやつに、知ったように言われなきゃ、なんないんだ!!」

 「だれか、あいつを止めろ!」

 「ケーサツ! 誰かケーサツ呼んで!」

 「やっば! 絶対バズるよ~これ!」

 「駅員! 駅員!」


 ガンガンと耳鳴りと頭痛がひどくなり、視界がぼやけ、だんだんと意識が啜れていく。手足から力が抜けていき、だんだんと、温かいものが外に流れていく気がして――――。


 すさまじい眠気に押され、僕の意識は薄暗い血の池に落ちていった。



 そして、



 そして――――、




 ☆★☆




 あまりにも眩しい光に、僕は目を覚ました。


 心霊スポットに行った時に友人が持ってきた七万ルーメンのライトのような、ずっと眩しい光だった。


 病院だろうかと思ったが、それにしては臭いが違う。海鮮コーナーとアルコールの混ざったような病院の臭いとは違い、最初に僕の鼻に入った香りは花の良い香りであった。

 

 (もしや死んだと思われて棺桶にでも入れられたか?)


 そう思ったが、どうにも違う。泣いている声は全く聞こえず、むしろ誰かに喜ばれている声が聞こえた。


 混乱する僕の心情は関係なく、僕の身体が動き、誰かの腕の中にすっぽりとおさまった。


 「元気な、元気な男の子ですよ奥様」


 誰かのこみあげるような声。まるで生まれたばかりの赤子に掛けられた言葉に、「僕は沢木亮平だ! 高校生だぞ!」と反論しようとするが上手く言葉が出てこない。

 「ばぁー、ぼぶぅー」と言葉にならない言葉しか出てこない自身の状態に愕然としながらも、すぐに僕の視界に入った人から、ここが病院ではないということを確信する。


 「ふふっ、お母さんですよ」


 お母さんではない。

 

 明らかに頬のこけた女性、それも金色に赤みがかった長髪を垂らしてこちらに微笑みかけてくる。軽いホラーだが、本人に悪意がなさそうなのがこの状況の理解をさらに遅れさせてくる。


 「妹夫婦の子供は生まれた時はギャン泣きしてたのに、珍しいわね。大人しいわ」


 「ちらちらと私の方を見てるな。やっと決めた名前が聞きたいのかもしれん」


 「もう、まだ言葉も分からないのに。でもやっと決めたのね。何にしたの? ティガー? それともオーリック?」


 「お前の好きな薔薇香る同人作品のキャラ名ばかりじゃないか! そんな名前つけたら子供に恨まれるわ!」


 自称「母」を名乗る存在の隣にいかつい顔が並ぶ。強面の男性が笑いながら僕の頭を軽く撫でる。ある程度自身の状況が分かってきたところではあるが、やはり大人の掌は大きいと感じた。


 そして、決定的に僕がどういう存在かを確信する言葉が放たれる。


 「お前はエルドだ。エルド・ワトキンス。きっといい子に育つぞ」


 エルド・ワトキンス。そんな名前を持つキャラを、僕はたった一人しか知らない。


 とあるゲームの屈指の嫌われ者の名前だと。

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