日常
21xx年5月26日
「じゃあテスト返しするぞー」
スマートフォンは第一線で活躍してるし、車や電車は事故を起こすし、人間が教師してるし、テレビも一家に一台は置かれてる。
過去には自動運転やら、テレビの衰退やら、AIが仕事奪うやら語られているものの、結局一般市民にとっちゃ何も変わらない日常。そんな時代。
人々は退屈していた。
高校二年生、荒川花も言わずもがな、その1人だった。
「おっ100点?やるやん。しかも花の苦手な歴史なのに。」
花の幼い頃からの友人、佐々木瑞稀がおちょくりながら言う。
「これ絶対平均点高いよ。だって平成時代のやつだよ。今と大して変わらないことだらけだから覚えるの簡単。」
花は自慢げな態度を見せることもなく、ただ淡々と語った。
「まぁねー、たしかにそうだけd」
「ええ!?荒川さん100点なんすか!流石っすねぇ。」
瑞稀の返事をかき消すほどに大きく、しゃがれた声が教室中に響いた。
「おまえうるさすぎw荒川さん困ってんだろw」
「もぉー隼人ーやめなよぉー」
その声に続いて少しスカした声と鼻にかかった声が、同じく教室中に響いた。
(はぁ今日は私か)
花は呆れた顔で瑞稀とアイコンタクトをとった。瑞稀も同じく呆れた顔をしていたので、意思疎通が出来ていることを花は確認した。
心臓がバクバクと波打つ。
花は分かっていた。これが単純な賞賛ではないことを。自分がこの教室のいわゆる「トップ」であることを認識させるための一つの手段として使われているということを。
5月下旬、ある程度教室内でもつるむ友人が安定してきたこの時期に、自分たちの立場も知らしめておきたいんだろう。
谷隼人。おそらく1番の権力を持っているであろう人物。勉強は出来ないが、運動神経の良さと先生への気さくな態度。そしてある程度の容姿、これらが揃うと、高校では最強になる。
(運動神経の良さが重要なのって小学校までだと思ってたのに)
この5月にかけて、花以外にも何人かターゲットになってきた。机の上に落書きをされる、上履きに画鋲が詰められる、といった漫画で見るような「いじめ」は存在しない。ただ「いじめ」とまでは捉えられない、嫌な「空気感」が、そこには存在する。
大人しい生徒が授業内で質問に答えられなかった時にニヤけながら友人同士ととるアイコンタクト、運動が出来ない生徒に対するクスクスとした笑い声。こういった小さな一つ一つの行動が、彼らがこのクラスの「トップ」であり、私を含めたそれ以外の人々が「彼らより下の存在」であると認識させる。
(お願いだから関わらないで)
花は隼人たちを何も気にしていない素ぶりのすまし顔でテストをペラペラとめくった。
「さっきは災難だったね」
お昼休み。花は瑞稀とお弁当を囲んでいた。
教室は隼人を含めた数人で席を占領しているので、図書室を抜けた3階から4階にかけての階段を安心できるスペースとして活用していた。
「ほんとにね。なんでああいう人達ってどこでも存在するんだろ、っていうか永遠に存在するんだろうな。はぁー嫌になる」
花はイライラして卵焼きにお箸をぶっ刺して口に放り投げた。
「平成時代から令和時代にかけての投稿見れるアプリあるじゃん?暇だからそれ入れて未漁ってたのよ。そしたらさ、今と全く同じような悩み抱えてる人とかいっぱいいたよ。なんだっけな隼人みたいな人を「一軍?」とかいう言い方してた。」
瑞稀が少し笑いながらその投稿を花に見せる。
「えーっと、ほう、え、まじで一緒。技術とか進化とか以前に人の思考までなんも変わらないじゃん!なんなのまじで!」
「平成時代以前は通信技術が無かったらしいからあれだけど、もしかしたらそういうのがなかった時代から同じような人はいっぱいいたのかもね。結局人は人よ。なんも変わらないんだよ。」
「「はぁ」」
花と瑞稀はこの現実を見て深いため息をついた。
この時彼女たちは知らなかったのだ。世の中は想像していたよりよっぽど進化を遂げていたということを。