ミラーカ 惨劇の夜を超えて
いつもよりちょっと長めで、内容もいささか重たいです。
挿絵を入れてみました。MicrosoftCopilot生成。
帰ってきました、我らが冒険者ギルド。
清々しいなあ。
何がって、空気が。
岩妖精のワンダーランド洞窟の酒臭い空気から抜け出てみると、外の空気の美味しいこと。
まあ冒険者ギルドは革鎧の匂いとか薬草の匂いとか独特の匂いが染みついているし、酒場とつながってるから飲食物の匂いも流れてくるんだけどさ。
洗ってない猫の匂いよりましだよね。
山積みされた暗闇妖精の獣臭はもう当分嗅ぎたくない。
グレアムさんは身を清めたいとか言って先に神殿へと帰っていった。
事後処理は俺とミラーカさん、そしてソニアさんの3人だ。
「依頼完了のサインをこちらに」
「ここですね」
ミラーカさんは書類にさらさらと名前を書いている。
何気に見たらアルファベットで書いてるんだけど、見慣れた字体と違う。
え、何この流麗なサイン、崩し字? 草書? え、筆記体?
ていうか日本語で書けばよくない?
「漢字のサインも考えたんですけど、いざ書こうとすると恥ずかしくて…」
『美羅愛架』とかですか?
それは確かに恥ずかしいのでやめといた方がいいと思います。
「ミラーカさんもそういうことするんですね。かっこいいサイン考えたり」
「本当に、今考えると恥ずかしいですけど、転生した直後はイキってたというか、やりたかったことなんでもやってやろうみたいな、変な意気込みがあったんです」
「わかります」
俺も転生直後は『転生者であることを隠して目立たなく生きる俺』みたいな一周回ったかっこつけをしてたよ。
その後、自分の立場に気づかされてすごいショックだったよ。
「吸血鬼になったのも憧れとか変身願望とかでしたし。夢が叶って転生できて、なんでもできるみたいな気分でハイになってて」
「わかります」
吸血鬼だもんね、強いし、コウモリに変身したりできるしね。
舞い上がっちゃうよね。
私TUEE…って思っちゃうよね。
「調子に乗ってたんですよね。転生したからってなんでもうまくいくなんて、そんなことないのに。思い通りにいかない現実に気づいたのは自分が鏡に映らないって知った時でした」
「鏡に映らないんですか?」
「気合を入れれば短時間なら映れるんですけど、気を抜いてると映らないんです。なんだか鏡の反射にだけ自動的に認識阻害みたいな効果が付くらしくて」
「それってけっこう不便なのでは?」
「映れるようになるまで、メイクも髪も手探りでした。今でも時々身だしなみがちゃんとしてるか不安になるんです、鼻毛出てたらどうしよう、って」
「あー、それは鏡見ないと確かめられないですよね」
「食事に困るのも予想外でした。なんとなく吸血鬼になれば働かなくても誰かの血を吸って生きられるような気がしてたんですよね。でも実際には血を吸わせてくれる人なんて見つかりませんでした。男女の関係になれれば簡単だと思ってたんですけど、前世で経験なかったので、どうやって親しくなればいいのか見当もつかなくて。焦れば焦るほど空回りしちゃって。一時は通りすがりの人を襲おうかと、でもそれも勇気がなくて」
「わかるような気がします」
短い冒険の間になんとなくわかったことだが、ミラーカさんはけっこうポンコツだ。
前世で成人してたのにお酒も飲んだことない箱入り娘だったらしいから、他人を襲うなんてまず無理だろう。
「自暴自棄になって、飢餓感ばかり募って、もう次に会った人に強引に頼み込んで血をもらおうって思った時、あの人を見たんです」
あの人?
「満月の夜でした。人狼を撲殺してたんです」
人狼?
「月が不気味に赤く町全体が血に染まってるみたいで。私は夜でも昼のように目が見えますから、飛び散った赤い物がくっきり見えちゃって」
「あの町では大勢の人が人狼に殺されたんだそうです。だから魔狩人が動いたんです。あの夜まで私はそんなことも知らずにいました。私たち魔物寄りの転生者は普通の人より強いけど、衝動に身を任せて人を襲ってれば魔狩人に処刑されてしまう、それをあの夜初めて目の当たりにして知ったんです。人狼がボコボコにされて死んでいく様子を、ただ物陰に隠れて見ていることしかできませんでした。魔狩人がいなくなって、やっと逃げ出したんです。その町を飛び出して、走って走って走り続けて、この町にたどり着いたんです。明かりがついてるドアを叩いて、仕事をくださいって頼みこみました。人間らしく生きないと、次は自分だ、って思って」
なんかヘビーな思い出話を聞かされてるけど。
なぜ俺にそういう話を聞かせる?
相槌に困るんですけど。
「それからはひっそりと暮らしてきましたが、たまにあの夜の記憶がよみがえったりしてたんです。赤い月に照らされた魔狩人の顔を思い出して……」
「それは大変でしたね」
殺人現場の目撃者みたいなものかな。
この場合、魔狩人が正義で、殺された人狼が悪だけど。
「すごく怖かったです。でも今はもう平気…とは言い切れませんけど、だいぶ慣れたと思います」
「それは何よりですね」
「あの人もだいぶ丸くなられたようですし」
誰が?
「もう7年も経つんですもんね。驚きましたけど、人は変わるものですよね。アーウィンさんも最初ほど私のこと怖がってないですもんね」
「あ、それは、すみませんでした、あの時は失礼なことを」
「いいんです。初めて会う人にはよく怖がられるんです。そういうものです。何度かお会いするうちに『悪い吸血鬼じゃない』ってわかってもらえたりすることもあるんです」
「そう言ってもらえると助かります」
俺も今は『ミラーカさんは悪い吸血鬼じゃない』と思ってる。
どっちかというと無害な、世間知らずでポンコツな吸血鬼だよね。
「暗闇ランプ、ありがとうございました」
「いえ、こちらこそありがとうございました」
お互いに頭を下げて日本式のお辞儀をしあう。
新しい工場でも楽しく働けるといいね。
俺は去り行くミラーカさんの後ろ姿を見送った。
最後の辺りでなんかちょっと話が噛み合わない所があった気もするけど…ま、いっか。
※
一夜明けて。
ぐっすり眠ってスッキリした頭で俺は思った。
『ま、いっか』じゃねえよ!!




