けれどもお前は釣れなくて
火を吹く浜マンドレイクカレーで嫌と言うほど体が温まった俺たちは浜辺をそぞろ歩いていた。
魔物が出るので迂闊に水には入れないが、それでも海辺は癒される。
水着の美女は一人もいないけど。
いるのは……。
「カニがおった!」
小さいカニを見つけて追いかけている、可愛い顔して横暴な先輩エバちゃんと。
「僕は種族的に汗腺がなくてね。暑いと体温が上がりやすいんだ。そんな時には水に入るのが一番なんだよね。寒い時にも入るけどね」
意味不明なトークを聞かせてくる、つるつる美肌の魚人、ハリーさん。
この人、毛穴もなさそう。
俺は遠くではしゃいでいる男女のグループを羨ましく眺める。
彼女が欲しいとかの贅沢は言わない、普通の友達が欲しい…。
……ん?
なんか様子がおかしい?
楽しげにはしゃいでいた男女グループが慌てたように逃げ惑っている。
「なんか騒がしいなあ」
エバちゃんも気づいたようだ。
「魔物でも出たんでしょうか?」
それにしては怪しい影は見当たらないのだが。
あ、一人転んだ。
と思ったらその人は転んだ姿勢のまま砂の上を引きずられていく。
水の方へと。
だが彼を引きずる物は何もない。
彼の体には何も巻き付いていないのに、見えない手に掴まれてるみたいに無抵抗に引きずられていくのだ。
一体何が?
ていうか助けないと!
「出たね」
「主やな」
ハリーさんとエバちゃんは何が起きているのか分かっているようだ。
「先に行くよ」
ハリーさんは一言残して走り出す。
その手には短剣が握られている。
短剣の刃が赤く光って見えるのは気の所為だろうか?
あっという間に距離を詰めたハリーさんが引きずられる人と海との間の空間を斬りつける。
何もないように見えるその空間を、しかし短剣が切り裂いたことによって何かが断ち切られたらしい。
引きずられていた人は立ち上がって陸地へと駆け出した。
「よう見とき。あれがバカ島の海の主、人呼んで『不可視の触手』や」
「『不可視の触手』!?」
「ああして海辺にいる人間を一本釣りして海に引きずり込むんや。生き延びた被害者の証言によると、大蛇に巻き付かれたような感じで手も足も動かされへんらしい。なのに何が締め付けてきてるのか目には見えへん。見えへんから回避が難しい。それがこの海の主なんや」
それはなかなか恐ろしい魔物なのでは?
ていうか『よう見とき』と言われても、不可視だから見えないんですけど!
海面の一部が不自然に持ち上がった。
あそこに何かいる?
だが見えない!
「こんな時こそ魔法の出番や。光よその道筋を変えよ! Αλλάξτε την πορεία του φωτός!」
エバちゃんが呪文を唱えるとファンシーな杖から魔法の光が飛び出した。
魔物がいるであろう辺りに命中、何者かの姿形を浮かび上がらせる。
船ほどもある丸い胴体、蠢く無数の触手。
その触手のいくつかはハリーさんを襲っている。
短剣一本でそれらを切り払い、回避するハリーさん。
デカくて、触手がいっぱいで、海の魔物といえば、やっぱりアレか?
「クラーケン!」
「チッチッチッ」
エバちゃんが『違うんだよなあ』という感じで人差し指を振る。
「惜しいなあ、一文字違いや。あれはクラーケンやない」
ハリーさんが触手の一つを抱えて魔物を持ち上げ、呆れるほどの怪力で砂浜へと投げ飛ばした。
陸地へと投げ出されたその全身は水のように透明で、触手は細長く、所々に光の点が明滅している。
そして頭部には目も口もなく、ツルンとしてまるでスライムのよう。
「あれはクラーケンやのうて、『クラーゲン』や」
海の主は巨大で透明なクラゲ!?




