渚の激辛カレー
俺たちは今、浜辺のカレー屋の席に座っている。
釣りをしていた岩場から少し離れた入り江の砂浜、波打ち際と松林との間に建っているカレー屋は日本語の看板を掲げていた。
『DoCo参番屋』
転生者アピールなのかもしれないが、いいのか、そんな店名で。
それはそれとして。
「この世界にカレーってあったんですね」
「完全に同じではないけど、なかなかいけるよ。シーフードカレーがお勧めだよ」
「じゃあそれで」
シーフードカレーを三つ注文する。
スパイスの香りが食欲をそそる。
ところで先ほどからエバちゃんの元気がないのが気にかかる。
「エバちゃん、さっきから顔色良くないみたいですけど?」
「大丈夫や」
明らかに無理してる返事。
いつも陽気なエバちゃんなのに、表情が暗い。
もしかして、辛いの苦手なのでは?
「お待たせしましたシーフードカレーです」
頭にタオルを巻いた若い兄ちゃんがカレーを持ってきた。
テーブルに置かれたカレーを前にして、エバちゃんは決死の面もちでスプーンを構えた。
「うちは大人や。見た目は子どもでも中身は大人。前世では寿司にワサビ3センチくらいつけて食べてたし、タバスコもチリソースも大好きで、激辛ヤキソバも食べとった。そんなうちが負けるはずがない。バカ島カレーがなんぼのもんじゃい!」
スプーンでひとすくい、お口にパクッ。
「……」
無言。
と思ったら。
「プギャー!!」
エバちゃんの口から女の子とは思えない悲鳴と共に赤い炎が飛び出した!
「火が!?」
火を吹く辛さという言い回しはあるけど、本当に口から火が出ている!!
ゴォーっとひとしきり火を吹き終わると、エバちゃんは涙目で店主に注文した。
「ヨーグルトちょうだい……無ければ冷たい牛乳でもええからちょうだい……」
「辛かったんですか!?」
「舌が灼けた……喉が痛い……胃がムカムカする……粘膜がやられた……」
どんだけ辛いの!?
「えー、全然辛くないけどなあ。むしろ甘口?」
ハリーさんはニコニコ笑顔でカレーを食べている。
「激辛やー。超激辛やー。こんなん毒物やー。人間の食べるもんやないー」
「えー、そんなことないよ。美味しいよ?」
店主が持ってきたアイスクリームを半泣きで舐めているエバちゃん。
余裕の笑みで食べ進めているハリーさん。
どっちだ?
どっちが本当なんだ?
もしかしたら劇物なのかもしれないシーフードカレーをじっと観察する。
サザエなんかが入ってて旨そうだ。
スパイシーな香りはするが、匂いとしては激辛な感じはしない。
少なくとも湯気だけで汗が出るような刺激物ではなさそうだ。
普通に食欲をそそる香りなんだよな。
……食べてみるしかないか。
用心しながら一口ぱくっ。
もぐもぐ。
……普通に美味しい。
二口、三口。
もぐもぐ。
美味しい。
普通に美味しいカレーなんじゃね?
だが半分ほど食べ進めたところでそれはきた。
緑色の野菜らしきものを口に入れて咀嚼した、その瞬間。
「プギャー!!」
突然の激痛が口の中を襲う!!
なんだこれ、なんだこれ!!
痛さと熱さで口を開けて息を吐いたら……燃えた、呼気が!!
俺の口から火が出てるぅー!!
「アハハ、楽しいよね。これがこの島の名物、浜マンドレイクカレーだよ」
「浜マンドレイク?」
「この島の砂浜に自生している植物モンスターの一種だよ。砂浜に大根みたいな花が咲いてるのを見かけたら引っこ抜いてごらん。悲鳴が聞けるよ」
それって聞いたら死ぬやつでは?
「浜マンドレイクは魔力が豊富で、食べると体が温まるし、滋養強壮にいいんだよ。温まりすぎてたまに口から火が出るけど」
「むしろ有害では!? 口の中ちょっと火傷しましたし!」
うっかり息を吸い込んでいたら肺が焼けただれていたのでは!?
毒物通り越して危険物じゃん!
取り扱うのに危険物乙四とかの資格が要る感じの!
普通に美味いシーフードカレーが引火性の危険物だったこのショック。
なんだろう、前世で生まれて初めてタイ料理の青唐辛子を食べた時の衝撃を思い出して泣けてきそうだよ。
ハリーさんは笑いながらちょいと横を向いて、口からボオーっと火を吹いている。
火炎が人に当たらないように横を向くあたりが紳士的だよね……って咳マナーじゃないんだから!
食べ物食べて口から火が出ることが異常なんだよ!
「うえええ、酷い目に合うた~。アイスもう一個ちょうだい」
視界の端では涙目のエバちゃんが二個目のアイスを食べていた。




