溺死みたい
水死体や惨殺死体に関するグロテスクな描写があります。苦手な方はご注意ください。
人の頭と腕、そして肩と背中の一部が水面上に見える。
波に隠れて全身の様子は定かでないが、顔が水中に沈んでいて、息継ぎする気配がない。
あれって死んでるのでは?
「どどどど、どうしましょうエバちゃん!」
「なにうろたえてんねん。うちら冒険者やで。たかが死体の一つやふたつ」
「無理無理無理無理! 俺、前世でも死体って大往生した婆ちゃんしか見たことないし! 生々しい水死体とか無理!」
「軟弱やなあ。まあ水死体はグロいのもあるけどな。水でふやけたり、顔が魚に食われたり」
「むーりー!!」
「知ってるか? 魚はな、死体の柔らかいとこからつつくんやで。あのうつ伏せの死体、仰向けにひっくり返したら、眼球も唇も残ってへんかもなー」
「やーめーてー!!」
耳をふさいで聞こえないように首を振る俺の前にわざと回り込んで怖い話を聞かせようとするエバちゃん。
波に揺られてだんだん岸辺へと近づいてくる水死体(推定)。
「まあ溺死やのうて、殺されてから海に放り込まれた可能性もあるなあ。ひっくりかえしたら腹がぱっくり開いて内臓出てるかもしれへん」
「いーやーだー!!」
波打ち際にだんだんと近づいてくる水死体(推定)。
「そもそもなんで死体が浮くかというと大腸の中の細菌がタンパク質を分解して発生したガスが」
「わー! わー! わー!」
聞かない、聞こえない。
怖い話を聞きたくないので、エバちゃんの声をかき消すように大声を出す。
そしてだんだんと近づいてきて、もはやすぐそこ、手を伸ばすと届きそうな位置に水死体(推定)。
水面下に半ば沈んでいる頭部が波に揺られてゆら~りと回転して横向きに……。
「君たち、人が海に流されてるというのに、救助しようとしないのはなんでかな!?」
水死体(推定)がザバーンと水しぶきを上げて立ち上がった。
「ゾンビ!?」
「生きてるよ!」
浅瀬に立ってポタポタと雫を垂らしている、それはパチスロ店の看板に水着ギャルと一緒に描かれていそうな感じの緑の髪に筋肉質の体、妙にさわやかな雰囲気の好青年だった。
誰だ、水死体とか言ったのは。
※
「黙って聞いてれば人のことを眼球がないだろうとか唇がなくなってるとか、腹がぱっくり割れてるだろうとか? 言いたい放題言ってくれたよね?」
「ほんまに、えろうすんまへん。てっきりもう死んでるもんやとばかり」
「すんませんした~」
俺とエバちゃんは水死体と間違えた青年に平謝りしていた。
「僕だから良かったけど、普通の人ならあんな風に浮いてたら早く救助してあげないと本当に死んじゃうからね? まあ二次遭難も怖いから、むやみに救助に行けばいいってものではないけどね?」
「おっしゃるとおりです~」
さわやかな外見の割にはねちっこくお説教されたが、一通りねちねちやった後で青年は俺たちを許してくれた。
「まあ誤解を招く一因は僕にもある。水中呼吸ができることは一見しただけではわからないだろうし」
「水中呼吸ができるんですか?」
「できるよ。ほら、ここ」
青年は首の横、耳の下あたりを見せた。
肉のひだのようなものがある。
「肺呼吸もできるけど、えら呼吸もできる。水陸両用なんだ」
「ほお、珍しいなあ。魚人かいな」
エバちゃんが目を丸くしている。
マーマンというと不気味な姿をしたモンスターのようなイメージがあるけれど、目の前の青年は鱗もないし、人間と見分けがつかない。
むしろ彫刻のように整った容姿だ。
『人間の男性って美しくない』が持論のセシルさんでもこの人の美貌は認めざるを得ないのではないだろうか。
「えら呼吸できるなら、なんで死体みたいに浮いてたんですか?」
「それはね」
青年はさわやかな笑顔で言い放った。
「この海の主と戦って、ぼろ負けして、もう少しで死ぬとこだったからさ!」
魚人:ドワーフやエルフと同様に、本来この世界にはいなかった亜人の一種。人間の『だったらいいな』を神が具現化した姿。まっとうな進化を経由していないため、哺乳類的特徴と魚類的特徴が混在している。脊椎・腰椎・肩甲骨等の可動範囲が広く、強靭な筋肉を持つ。高速移動と水面ジャンプ、両腕を利用した急制動・急旋回・スピンなどを織り交ぜたトリッキーな水中機動を得意とする。生得的に水属性の魔法を使う。男性の場合は全身が哺乳類と魚類の混淆型、女性の場合は上半身が哺乳類型で下半身が魚類型の人魚となる場合が多い。




