アパレルダンジョン⑥
「しゃーないな、引き返そか」
不完全燃焼だが時間だから仕方がない、そう諦めかけた時、
「失敗体験だけでは新人研修として不完全。できれば成功体験も積ませたい。試しに奥に行ってみてはどうか」
医療会会長さんがそんな提案をした。
「良いかもしれませんわ。今日を逃せば次はいつ来られるかわかりませんものね」
花子さんが納得している。
「せやな。領主が余計な事せなんだら入り放題やったのにボケカスが」
「ま、遅れたところで罰金払えば済むことだ。痛くも痒くもねえよな」
「そうと決まれば急ぎましょう」
罰金払うと懐が痛むと思うのですが?
しかし俺に発言権などない。
わけがわからないまま、先輩たちに急かされて、どこかに連れていかれる俺。
軍手その他、インプのお恵みをまとめて持ったままで。
「こっから先は中層すっ飛ばして深層やねん」
「そんなとこ俺が入って大丈夫なんですか?」
「攻略されとるから大丈夫なんちゃう?」
エバちゃん始め先輩たちは恐れる様子もなく歩いていく。
そんな先輩たちに前後左右を挟まれて、俺も深層へと踏み込んでいく。
少しひんやりした空気。
地下だからだろうか、足音が妙に響く。
「攻略前は悪魔系の魔物がぎょうさん出よったけど、今は何も出えへんな」
「悪魔系…」
盗難防止タグがインプだったように、アイテム窃盗を防ぐ警備員が悪魔の姿をしていたのだろうか。
悪魔の警備員に取り押さえられる冒険者…どっちが悪者だかわからない。
階段を下りて、薄明るい通路をしばらく進む。
「ここや」
エバちゃんが立ち止まったのは金色で装飾が施されたドアの前だった。
古代文字らしき謎の記号の横に冒険者が日本語訳を書き足している。
『Vルーム。関係者以外立ち入り禁止。関係者パス持ってれば入れるよ』
関係者パス。
どこかで聞いたような。
「攻略前は入ったら即、デーモンと戦闘やったけどな」
と言いつつエバちゃんが気負いもなくドアを開ける。
そんな危ない所に、と足を止めると、
「心配いらないわ。扉の向こうに気配はないから」
「いやそんなのわからないでしょう」
「私にはわかるの。信じなさい」
セシルさんは地雷型森林破壊エルフだから信用できない……とは口に出せない。
仕方ないので用心しながら入室する。
中は一般的な高校の教室くらいな広さの部屋だった。
部屋全体が青紫色で統一されている。
壁も青紫、床のカーペットも青紫、天井も青紫だ。
芝居の緞帳みたいな重厚感のあるカーテンの前にピアノが1台、これだけが白い。
こっちの世界にもピアノってあるんだね。
その近くに歌姫が立ちそうな丸い台と古式ゆかしいスタンドマイク。
こっちの世界にもマイクって……あっていいのか?
多少の無理を感じる。
足音を吸収するふかふかのカーペットの上を歩く。
意味ありげなオブジェの前に立たされる俺。
「ここはVルーム言うてな、スペシャルオーダーが使えるんや。そこのパネルに手を当てて注文言うてみ? アーティファクトが注文主の全身をスキャンして、サイズぴったり品質最高、想像を超えた素敵なデザインのアイテムを作ってくれる……こともある」
こともある?
「作ってくれないこともある?」
「思てたんと違うもんくれることのほうが多かったなあ」
エバちゃんが遠い目になっている。
「私、ここで『ローブデコルテ』って注文したら、バスローブが出てきたことあるわ」
セシルさんも遠い目になっている。
「『エンパイアラインのパーティードレス』を注文しましたのに、なぜかペンギンの着ぐるみが出てきたことがありましたわ」
花子さんも遠い目になっている。
ドレス注文して着ぐるみ出てきたって、ひどくない?
男性陣も思い当たることがあるのか、うなずいている。
「ここなら君の『出現率の低いアイテムを高確率で出現させる』というビギナーズラックが良い方向に機能するかもしれない。試してみたまえ」
「わかりました」
サクッとやって、サクッと帰ればいいんだよね。
どうせなら敵らしい敵と出会ってみたかった。
憐れみに満ちたインプじゃなくて。
そんなことをグダグダ考えながら、適当なオーダーを口に出す。
「えーと黒のフォーマルスーツ、この世界仕様で」