12 お茶会
今日は前々から予定していた、婚約者レンブラント様との週に一度のお茶会の日だ。
先週はダヴェンポート侯爵邸だったので、今回は城中にある庭園で行われることになった。
「……リディア。何か心配事でも?」
レンブラント様はいつもよりも言葉少なめな私を見て、何かあったのかと聞いてくれた。
私たち二人はお互いにお喋りな方ではなく無言が続くこともあるのだけど、それが嫌だと思ったことはなかった。
こういう落ち着ける空気感が、私は好きなのだと思う。
「いえ。そういう事でも、ないのですが」
今の私は歯切れ悪く、こう言うしかない。
レンブラント様にこのところあった私の近況を話そうにも、最終的な結果である神殿からの返信がまだ届いていないのだ。
だから、中途半端な話をしてしまうことになるし、もし彼に何かを説明するにしても、それが判明してからにしようと思っていた。
昨夜、お兄様と話してから『もしかしたら、私の能力は恋愛指数を数値化して見る事ではないのかもしれない』と気が付き、それが確かだったならば、今のレンブラント様の頭上に浮かぶ数値は何を表すのだろう。
今だって、最高値である『100』という可愛らしい数字が、ふよふよと浮いている。
「……そうか。何かあれば、すぐに教えて欲しいのだが」
レンブラント様は私の婚約者としての義務を果たそうとしてか、素っ気なくもそう言った。
常に冷たい態度を取る癖に、こういうところは、やたらと優しい人。
「申し訳ありません。これは個人的な事情が含まれますので、レンブラント様にお話出来る時が来れば、すぐにお伝えするように致します」
「……わかった」
今は何も言えないと私が申し訳なく思い頭を下げれば、レンブラント様は黙ったままで頷いた。
「あ。そうです。夜会用のドレス……どうもありがとうございました」
本日訪問時に渡された、明日の夜会用のドレスと装飾品のお礼を言った。レンブラント様から贈られるドレスは私好みのもののため、届けて貰える時がいつも楽しみなのだ。
「……ああ。婚約者として当然の事だ。気にしないでくれ」
レンブラント様はすげなくそう言って、お茶を飲んでいた。これまでの関係性であれば、何も思わずに流せてしまえたはずだ。
けれど、彼の事を好きだと気がついてしまっている私は、そんな冷たい態度を見て胸が痛くなった。
本当に……勝手なものだ。ほんの少し前まで、彼のこういうところが良いと思っていたはずなのに。
こんな風に冷たい態度を取られてしまうと、すごく切ない。
「……リディア? どうした。何かあったのか?」
「いっ……いいえ! なんでもありませんわ。レンブラント様も、気になさらないでください」
「……そうか」
レンブラント様は私をしげしげと見ていて、なんだか不思議そうだ。
……どうしたのかしら。幼い頃から婚約者として長く一緒に居たけれど、レンブラント様のこんな表情は初めて見る。
黙ったまま見つめ合った無言の時が続き、レンブラント様はそろそろ時間だからと知らせに来た侍従アンドレの言葉に頷いて帰って行った。
★♡◆
次の日の夜会。
私とレンブラント様はいつものごとく婚約者らしく二回踊って、お互いの友人の元へと向かうことになった。
レンブラント様はここのところ、私の様子がやけにおかしいとは勘付いているようだ。つい先ほども、私に何かを言いかけてやめるを繰り返していた。
もうそろそろ神殿からの返信が来るはずだし、私も彼に腹を割って、話さなければならないのかもしれない。
以前は冷たい態度を取るレンブラント様が好きだと思っていたけれど、誰にも取られたくないほどの気持ちに気がついたのだと。
「あら。リディア。今日のドレスも素敵ね」
イーディスは私のドレスを見て、褒めてくれた。素直に嬉しい。
婚約者の色として青と金を使ったドレスが多いのだけど、デザインがいつも凝っていて自慢したくなるのだ。
「……ありがとう。イーディス。貴女の新しい髪型も、凄く似合っているわ」
「そう? 嬉しいわ。エミールも似合うって言ってくれたの」
明るく挨拶してくれたイーディスには、エミールは私が責めたことについて何も言っていないようだ。
……彼にとっては、これは難しい問題かもしれない。
親友の私が変なことを言い出したと伝えれば、イーディスは愛する彼とは言え、嫌な気持ちを持ってしまうかもしれないし……それに、エミールは自分が持つ愛を彼女には疑われたくないに違いない。
それに、もし、私の能力が恋愛指数を見ることでなかったとしたら、彼にはとても悪いことをしてしまった。
「ねえ。イーディス。信じられない事だけど、もしかしたら、私の能力は恋愛指数を見る事ではないかもしれないの」
私はそう言って彼女に耳打ちをすれば、イーディスは目を輝かせて何度も頷いていた。
「……! 私もきっと、そうだろうと思っていたわ! だって、これまでおかしな事ばかりだったもの。けど、リディア。何かそう思うきっかけでもあったの?」
まず、最初のきっかけと言えば、彼女の恋人であるエミールがとても演技だと思えなかった事であるけれど、それはイーディスには言えずに私は肩を竦めた。
「実はお兄様の頭上にある数字も、最高値だったのよ。けれど、あの人には恋愛をする時間的な余裕もなく、本人に聞いてもそんな相手は居ないと言って居たわ……だから、恋愛指数が最高値なはずがないの。今は神殿に判定結果が間違いではなかったのかと、問い合わせ中なのよ」
今ではもう、私はすっかり最初の判定結果が間違いであるだろうと思っている。
エミールのこともそうだけど、お兄様だっておかしいもの。
……それに、あの時を思い返せば焦っていた新人神官ならば、やりかねないと気がついてしまっていた。
「……まあ、恋愛指数ではなかったら、何なのかしら……私も最高値らしいから、何なのかと気になってしまうわね」
「もし、これが間違いで何の数値なのかがわかれば、貴女にすぐに知らせることにするわ。イーディス」
そうして、私は彼女の恋人エミールのことも合わせて、謝罪しなければならないだろう。
能力の内容を間違えて伝えられたことによる勘違いだったのだけど、彼女を心から愛しているエミールにとっては、大変不本意な内容で責められたと思うから。




