11 疑い
「しかし、何をどう説明して良いものか……ダヴェンポート侯爵令嬢、僕はイーディスを本当に愛していますし、彼女を騙そうなどと考えたことなど、これまでに一度もありません」
私はその時に、眉を寄せた彼の頭上にある数字が『20』から『16』へと、数値が低く変化したことに気がついた。
……あら。もしかして、私にこうして問い詰められて、イーディスとの恋愛関係続行が難しいと思ったのかしら。
「とにかく、私の言いたいことはこれよ。エミール。イーディスに邪な思いで近づくのであれば、私が絶対に許さないわ。これを知って彼女が傷つかないうちに、貴方の方から去って欲しいの」
両者共に引くつもりがないと表すように、私たち二人はじっと見つめ合った。
そんな中でも、エミールの恋愛指数はゆっくりと低下し、今ではもう一桁の『5』になってしまっていた。
騙そうとしていた事が露見して、彼だって居心地が悪いかもしれない。けれど、それをこうしてエミールに指摘しなければならない私だって辛いもの。
「……非常に申し上げにくいのですが、ダヴェンポート侯爵令嬢。それは僕にとっては全く身に覚えのない事で、悪質な言い掛かりに近いものです。貴女がイーディスの親友だとしても、許し難い」
取り繕うことをやめてわかりやすく怒りの表情を浮かべたエミールは、私の言葉を受け入れ難いと思っているのか、両肩を震わせていた。
もし、演技だったとするならば、彼は非常に上手い詐欺師だと思うわ。
私はエミールの姿を見て、冷静にそう思った。
「私だって……何も貴方を侮辱したくて、こうして話している訳ではないわ。現に貴女の恋愛指数は下がり続けていて、今では一桁なのよ」
双方の恋愛指数が釣り合わないという事実に、エミールの事を考えているイーディスの幸せそうな表情が重なる。
彼女のあんなにも純粋な信頼を裏切ろうと言うのならば、私だって強硬手段に出るしかない。
「それでは、ダヴェンポート侯爵令嬢の能力の内容が間違えているのではないですか? 現に貴女にこうして邪魔されようと、僕がイーディスを愛していることには変わりない。より彼女への想いが増したと言えます」
「……私の能力が間違いだと言うの? まさか……」
私はエミールから思わぬ指摘をされて驚き、信じられないと目を見開いた。
「とにかく、僕は出会った時から今まで変わらずにイーディスを心から愛していますし、貴女が先ほど危惧されていた内容は、すべて無用な心配です……失礼します!」
怒りで身体を震わせていたエミールは、私を置いて部屋を出て行った。
扉を乱暴に閉められた大きな音を聞いて、彼の言葉を聞き呆然としていた私は我に返った。
私の……能力の内容が、そもそも間違いだったかもしれないですって?
★♡◆
「リディア! どうしたんだ!」
「わ。お兄様……もう。暑苦しいから、こちらに近づかないで」
ダヴェンポート侯爵邸に帰って来た私は、兄ジョセフの熱烈な歓迎にうんざりして両腕を開いた彼からそれとなく距離を取った。
「なんだ。なんだ。物憂げな顔して……何かあったのか?」
父によく似ていて髪も目も同じ色を持つジョセフお兄様の頭上を見ると、なんと最高値『100』の数値がふよふよと浮いていた。
これまで婚約者レンブラント様に別の女性が居るのではないかとその事で頭がいっぱいになっていたし、我が家のお父様とお兄様は最近忙しかった。
だから、兄の顔をこうして、まじまじと見ることはなかったけれど……もしかしたら、私の知らない間に恋人でも出来たのかもしれない。
「まあ……お兄様。私の知らない間に、恋人でも出来たの?」
驚いた私はついつい頭に浮かんだ疑問をそのまま口にして、これまでの何の前情報のないジョセフお兄様は不思議そうな表情を浮かべていた。
いけない。私の能力を知らないのならば、それは何の意味もないわ。
「え? ……何を言い出したんだ。リディア。お前だって知っての通り、多忙過ぎて夜会にも行けないというのに、恋人など出来るはずがないだろう?」
「そ……そうよね」
第三王子レンブラント様と婚約している我がダヴェンポート侯爵家は、自ずと外交関係の仕事を割り振られ、お父様とお兄様もこのところ私の婚約者同様に多忙のようだ。
「どうしてそんな事を思ったんだ。リディア。もしかして、この前に貰ったはずの能力関係の話か?」
お兄様は不思議そうにそう言い、私は躊躇いつつも頷いた。
「お兄様……能力判定の儀式で伝えられた内容が、全く違ったものである可能性ってあるのかしら?」
私はそれは、有り得ないと思った。神殿も公的機関に間違いないし、彼らだって重要な伝達事項に間違いがあってはいけないと日々働いているはずだ。
けれど、現に恋人が居なくて恋愛などしている時間のない兄の頭上にある恋愛指数は最高値なのだ。
「人のすることに間違いがない事はない。もし、結果に納得がいかず疑わしいものであったなら、手紙で問い合わせて見ても良いのではないか?」
人のすることに間違いがない事はない……それは、確かにそうだ。
私だって何度を確認したはずのことを間違えてしまったりするし、誰しもそれは起こり得ることなのかもしれない。
ましてや、あの時担当してくれた新人神官が、もし間違えていたとしたら……?
疑ってしまったレンブラント様もそうだけど……エミールに対して、とっても悪いことをしてしまったのかもしれない!
私は兄の呼ぶ声を無視して自室へと走り出して、あの能力判定の儀式は間違えていなかったのかと神殿へ問い合わせる手紙を書いて、早馬で届けるようにと使用人へ伝えた。




