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97.武闘派聖癒士への一歩

 そして、いよいよ迎えた実戦研修初日。

 タルネアン太聖大学の聖癒士養成科、聖導師養成科、そして武技科の各科一回性及び二回生のおよそ1200名余りが、首都ムルペリウス西方近郊の聖騎士団第二駐屯地へと集結した。

 カレアナ聖教国は宗教国家ではあるが、治安維持の為の兵力確保には多くの予算を割いており、都市周辺は比較的安全だといわれている。

 それでも街道を二日程進んで大都市圏からそれなりに離れれば、そこはもう立派な危険地帯だ。

 魔性闇獣や魔性亜人のみならず、野盗なども数多く出没する様になり、行商隊等は必ずといって良い程に万職で組織される護衛兵団を雇い入れるのが常となっている。

 聖騎士団第二駐屯地周辺はまだ比較的安全だが、徒歩で半日程も移動すれば当たり前の如く様々な危険が牙を剥いて襲い掛かってくる土地であった。

 今回実戦研修に参加する生徒達は複数名でグループを編成し、駐屯地から八方向に分散してそれぞれの研修地へと赴く。

 ひとつの方角に派遣される人数は平均して150名程。

 そこに聖騎士団からの護衛部隊や、太聖大学の教授連中も一緒になってついてくるから、200人近い人数へ膨れ上がる。これは一個中隊並みの規模であり、野営を組む単位としては中規模だといって良い。

 これだけの人数が固まっていれば、余程のことが無い限り、命の危険に晒されることはない。日中は更にそこから十名前後のグループに分かれ、魔性闇獣や魔性亜人、場合によっては冥骸種(アンデッド)などの怪物を捜索し、その討伐に当たる。

 敵を発見し次第、武技科や聖導師養成科の生徒達が得物を振るって攻撃し、その際に聖癒士養成科の生徒達が支援法術や治癒術などを駆使して彼らを助ける訳である。

 そして、その対応能力や状況判断力を同行する教授達が採点してゆくという按配だ。

 この実戦研修では毎年多くの負傷者が出るが、聖癒士見習いや教授達の治癒法術が一定以上揃っていることもあり、大きな事故に発展することは無い。

 その為、生徒達の中にも幾らか緊張感が欠如する者も出てくる訳だが、大体はそういった連中が早々に脱落してゆく。この実戦研修は或る意味、全ての能力や適性面で足切りを行う為の儀礼だとも囁かれていた。

 いい得て妙といったところであろう。


「何かさ……これだけ人数居ると、確かに緊張感が殺がれちゃうよね」


 リテリアやミラベルと共に南西研修地点へと向かうアネッサが、道中で何度も気の抜けた顔を左右に向けていた。

 彼女は万職として討伐依頼や地下魔宮探索に何度も当たっていたが、その際の人数は最大でも七、八名程度だったというから、この200人近い人数での大移動はどうにも緊張感に欠けるというのである。

 逆にリテリアは特級聖癒士として騎士団に同行することが多く、その人数は今回と同じく中隊規模である場合も少なくなかったことから、寧ろ見慣れた編成だといえなくもなかった。


「万職と騎士団じゃ、行動規模がそもそも違うからね」

「それにしたって、この人数ってちょっと多過ぎじゃない?」


 リテリアの苦笑に、アネッサは妙に間延びした声を返すばかりだった。

 その一方でミラベルだけは、矢張り慣れない様子だった。彼女はパーティーや晩餐会などでは多くのひとびとを目にすることはあっても、今回の様に部隊編成した上での行軍はまるで経験が無かったらしい。

 リテリア達と出会う前でも十数名の取り巻き令嬢を率いるのが最大人数だったというから、この中隊規模での大移動は色々な意味で刺激が多いとの由。


「聖導会の催しとかでも、結構な人数で動くことはありますけど、今回みたいに陣形を組んで、部隊毎に動くというのはまた勝手が違うものなのですね」


 それもそうだろう。

 貴族がただ集まって行動する場合には、何の規律も規範も要らない。

 しかしこの実戦研修では、危険は少ないとはいえども、命のやり取りが生じる。気の抜けた行動は仲間の生死を左右することもあり得る為、常に整然とした行動が求められた。

 当然ながら好き勝手に動く貴族の集まりなどとは訳が違う。


「ところで、今回わたくし達と同じ編成になった武技科の皆様は、頼りにして宜しいのでしょうか?」

「そうですねぇ……正直、ほとんど存じ上げない方ばかりではありますけど……」


 ミラベルに答えながら、リテリアは見慣れた近衛騎士姿の背中にちらりと目線を流す。

 今回、リテリア達とチームを組む武技科のメンバーの中には、アルゼンの姿もあった。どうやら彼が自ら手を挙げて、同じチームに配属される様にと働きかけたらしい。

 本来であれば聖女や特級聖癒士は、特定のチームと組むことは許されない。

 ところが今回、ヒルミナが早々にその規則を破ってしまったことで、学長も他の特級聖癒士に特例を認めざるを得なくなった。

 そこに付け入ったのが、アルゼンだった。彼は武技科筆頭教官ルボルティーラ聖導伯爵と連携し、早々にリテリア達とのチーム編成にこぎつけたのである。

 鮮やかな程に素早い行動だった。


(アルゼン様……意外と、積極的だったんですね)


 いつもは穏やかに、そして静かな笑みを湛えるだけの青年だとばかり思っていたリテリアだが、アルゼンの意外な一面を見た様な気がして、少し嬉しかった。

 が、そんな気分もそう長くは続かない。

 矢張り、カティアが今回の実戦研修に参加出来なかったのがどうにも心の奥で引っかかってしまう。

 アネッサとミラベル、アルゼンの三人には、ヒルミナとヨルドが汚い手を使った可能性があることは伝えていたが、矢張り証拠も無ければ告発もされていな現状では、ただ警戒する以外に取れる手は無かった。


「カティアさんのことは、とても残念でしたわ……でもだからといって、わたくし達が下を向いてしまっては、それこそカティアさんに申し訳が立ちませんわよ」


 ミラベルのいう通りだった。

 もしカティアのことが気にかかったが為に不甲斐ない成績を残してしまえば、それこそカティアは自分を責めるだろう。そんなことだけは絶対に、あってはならない。

 力強いミラベルの言葉に、リテリアも納得して頷き返した。


「……それもそうですね。カティアの分までしっかり頑張って、彼女を安心させてあげないと」

「うん、そうだよ。その意気だよね……気合入れて、頑張ろ」


 アネッサが両掌で自身の頬を軽く叩いた。

 ヒルミナとヨルド達は確かに許せないが、今は自分達の為すべきことに集中しなければならない。

 アルゼン達と連携して好成績を収めることで、ヒルミナ達の鼻を明かしてやれれば、あんな姑息な手は通用しないと勝ち名乗りを上げることだって出来る。


(その為には……私も聖気弾を使うことも考えておいた方が良いかな)


 リテリアは自身の掌をじっと眺めた。

 戦闘担当は基本的には武技科と聖導師養成科の生徒達だが、実は聖癒士養成科の生徒に対しても戦闘参加の許可は下されていたのである。

 これを如何に上手く活用するか――ソウルケイジに徹底的に鍛えて貰った自身の戦闘能力は、恐らく蒼雲の聖女には無い武器となるだろう。

 このアドバンテージを利用しない手は無かった。

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