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96.気にしない男

 翌、早朝。

 リテリアは万職相互組合ムルペリウス本部へと走り、エントランス兼ロビー内の休憩スペースに居座っている筈のソウルケイジとミルネッティの姿を追い求めた。

 幸い、ふたりはすぐに見つかった。壁際のソファーに並んで腰かけている。ミルネッティは朝食のサンドイッチ片手に、神妙な面持ちで黒衣の巨漢に何かを囁きかけていた。

 そのミルネッティがリテリアのやや息の上がった姿に気付いたらしく、軽く手を振って招き寄せる仕草を見せた。

 リテリアは硬い面持ちのまま、壁際へと歩を寄せてゆく。


「何か、分かった?」


 実はリテリア、昨晩のうちにミルネッティの宿を訪れ、カティアを襲った連中の調査を早々に依頼していたのである。ミルネッティは依頼料は不要だと笑い、ふたつ返事で応じてくれた。


「うん……こいつらだよ」


 ミルネッティは今の今までソウルケイジに見せていたメモを、リテリアに手渡してきた。

 そこに記されている五人の名前を、リテリアは澱んだ瞳でじっと凝視した。

 いずれも、カレアナ聖教国内では下級の聖導貴族に相当する家門の子息達だった。

 この五人のうち、リーダー格といえる男の名は、以前カティアとミラベルのふたりからも聞いた覚えがあった――ヨルド・ウッドベリー聖導子爵令息だ。

 何故、この連中がカティアを襲ったのか。それもよりによって、実戦研修直前というこのタイミングで。


「その五人も、今度の実戦研修に参加するんだって」


 ミルネッティの説明に、リテリアは奥歯を強く噛み締めた。

 聖癒士養成科を中心として開催される実戦研修は、治癒術の習得だけを目的としている訳ではない。

 それ以外の学科――武技科や聖導師養成科の生徒達も、実際の戦場に自分達が駆り出されるケースを想定して参加することになっている。

 この実戦研修では、ムルペリウス近郊に蔓延る魔性闇獣や魔性亜人と実地の戦闘を行い、そこで必要とされる治癒術、或いはその他諸々の技量や対応力が評価される。

 まさしくその名の通り、実戦を通じた研修という訳だ。

 如何に素早く、如何に適切な処置を現場で施すことが出来るか。

 剣を振るう者と彼らを癒す者の連携が、最も重要になってくるだろう。

 そしてヨルドら容疑者五人はいずれも武技科に所属しており、アルゼンの隣のクラスに籍を置いていた。


(え……これって、もしかして……)


 ここでリテリアはミルネッティのメモに記された一連の文言に、思わず目を疑った。

 ヨルドの武技班を主に支援するのは、蒼雲の聖女ヒルミナの聖癒士班だった。


(聖女や特級聖癒士が所属する班は、特定の武技班じゃなくて、全体を満遍なく担当する筈なのに)


 しかしどういう訳か、ヨルドの武技班はヒルミナの聖癒士班が担当することになっている。これは学長の承認も得た上での決定らしい。


(まさか……)


 この時、リテリアの胸中に暗い疑念が湧き起こった。

 以前ヒルミナは、リテリア達の班を最大のライバルだと称して敵視する構えを見せていた。そして今回、カティアがヨルドらの牙にかかった。

 これが果たして、偶然といえるのかどうか。

 否、仮にヨルド達がヒルミナの手先だったとしても、こうも露骨にアピールしてくるだろうか。


(こっちの神経を逆撫でして、挑発してるって訳ね……)


 姑息なやり方ではあるが、しかし効果はあった。実際リテリアは、はらわたが煮えくり返る程の激情が今にも爆発しそうだった。


「その五人はまだ、証拠も何も無いから飽くまでも容疑者なんだよね。しかもカティアちゃん自身が何の告発もしていないから、リテリアがそいつらを叩こうにも、大義名分が何も無いってことになるんだよ」


 ミルネッティの言葉に、リテリアも頷かざるを得ない。

 だがこのままでは、ヒルミナの思う壺だ。

 カティアをあんな目に遭わせたヨルド達をこのまま放っておく訳にもいかない。

 かといって、ヨルドやヒルミナ相手に実力行使は不可能だ。何とか連中の非道を暴き、正当な捌きを受けさせなければならない。

 対処すべき相手は分かっているのに、その方法がすぐに思いつかない、このもどかしさ。

 リテリアの面には、ただ悔しさだけが色濃く張り付いていた。

 と、ここでリテリアは相変わらず無関心を貫くソウルケイジに、ちらりと視線を流した。この超万能の光金級ならば何かしらのヒントを与えてくれそうな気がしたのである。

 実際彼は、右脚を失ったアルゼンを救う切っ掛けを与えてくれたし、ジェスナーの企みも真正面から粉砕してくれた。

 ソウルケイジならば、どれだけ絶望的な状況であろうとも、あっさりと解決策を示してくれそうな気がしたのである。

 が、今回ばかりはどうにもならないのか、ソウルケイジは押し黙ったままだ。

 そもそも彼はリテリアの生死以外にはほとんど興味を示さない。

 ミルネッティやアルゼンなど、比較的近しい者の為ならば行動を起こしてきた彼も、カティアは他人同然だから、重い腰を上げる対象ですらないのだろう。


(でも……どうすれば……)


 リテリアは瞼を伏せた。本当に、どうして良いのか分からない。

 結局この日は、ミルネッティからの報告を受けただけにとどまった。


◆ ◇ ◆


 リテリアの力無い後姿を見送ってから、ミルネッティはソウルケイジにちらりと目線を流した。


「ねぇご主人様……何とかしてあげられないのかな?」


 ところがこれに対し、ソウルケイジは全く別方向の台詞を返してきた。


「メテオライダーが国境を越えた。近いうちに遭遇戦があるだろう」


 ミルネッティは怪訝な表情を浮かべた。ソウルケイジの真意が分かりかねたからだ。

 が、この直後、思わずはっとした顔で改めて、黒衣の巨漢を見つめた。

 メテオライダーとの戦闘は、街ひとつを破壊する程の激しい火力のぶつかり合いになるという話を、以前聞いたことがある。


(ご主人様……まさか……!)


 この男にはそもそも善悪の定義は無いに等しい。最初から、気にもしていない。目的の為ならば、脅迫だって平気でやってしまうのだ。ましてや制裁とくれば――。

 ミルネッティは、ごくりと喉を鳴らした。

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