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95.妨害

 実戦研修まであと三日と迫ったその日、激震が走った。


「カティアが出られないって……それ、どういうことなの?」


 その日の講義を終え、夕食後に寮の自室でひと息ついていたリテリアのもとに、アネッサが血相を変えて飛び込んできた。

 彼女の口から、リテリアらとグループを組むカティアが暴漢に襲われた為、実戦研修には参加出来なくなったらしい旨が告げられたのである。

 一体、何があったのか。


「それで、カティアの容体は?」

「大きな怪我は無いみたい。だけど、もっとヤバい状況になってるそうよ」


 アネッサ曰く、カティアはこの暴行事件を理由に、タルネアン太聖大学を自主退学する意向を固めているというのである。これは決して、尋常な話ではない。

 だがその理由は、アネッサもよく分からないらしい。彼女もつい先程、メロウズ家からの使いで第一報を知らされたばかりなのだ。


「カティアに、会いに行かなくちゃ」

「……だよね。あたしもすぐ、支度する」


 かくしてふたりはすぐに身なりを整え、寮の管理人に帰りが遅くなるかも知れない旨を告げてから、カティアの実家であるメロウズ商会を目指した。

 メロウズ商会の建屋は、その一部がメロウズ家の自宅をも兼ねている。

 リテリアとアネッサは裏門に廻り、太聖大学で共に聖癒士養成科に通う学友である旨を告げると、そのまま応接室に通された。

 応対に現れたのは、メロウズ商会の現会頭でありカティアの父でもあるジュスティオだった。


「カティアさんに、何があったのですか……?」


 挨拶もそこそこに、リテリアは単刀直入に斬り込んだ。場合によっては、カティアに心のケアが必要となるかも知れない。そんな最悪のケースを頭に置きながら、リテリアはジュスティオの応えを待った。


「……あの子は、もしかすると……性的暴行を、受けたかも知れません」


 ジュスティオは奥歯を噛み鳴らしながら、悔しそうに搾り出した。

 リテリアはその瞬間、雷にでも打たれたかの様な衝撃を受けた。


(そんな……あんなに頑張っていたのに……どうして……)


 聖癒士の資格を得る為には、生娘としての純潔が絶対条件だ。例えそれが、合意無き強姦被害であったとしても例外ではない。

 リテリアの脳裏に、夢を叶える為に必死に頑張っているカティアの姿が過った。まだ入学してから然程の日々を過ごした訳ではないが、カティアは本当に一所懸命頑張っていた。

 それなのに、何故彼女がこんな目に遭わなければならないのか。

 リテリアはただただ、悔しかった。そしてカティアの心境を思えば、これ程に歯痒いことは無かった。


「その……お嬢さんを襲った連中は、捕まったのでしょうか?」


 アネッサが怒りを抑える様に、低い声音で問いかけた。その響きが幾分、震えている。彼女もまた感情が爆発しそうになるのを何とか堪えているのだろう。

 しかしジュスティオはただ苦悩の色を浮かべたまま、静かにかぶりを振った。カティアは何ひとつ、語ろうとしないらしい。

 娘が頑なに言葉を拒絶するならば、親としてはそれ以上訊くことは出来ない。それが、ジュスティオのカティアに対する心遣いなのだろう。

 その想いはリテリアにも、痛い程によく理解出来た。

 だがそれでも、訊き出さなければならない。何の罪も無いカティアに、このまま泣き寝入りさせてしまって良い筈が無い。


「もし良かったら……少しだけで結構ですので……お嬢さんと会わせて頂けませんか?」


 リテリアの申し入れを、ジュスティオは静かに受け入れてくれた。同じ年頃の女性同士ならば、話し易いこともあるかも知れないとの配慮なのであろう。

 ふたりはカティアの自室へ案内された。

 そしてジュスティオが去ってゆくのを目で追ってから、リテリアは扉をノックした。


「カティア……リテリアです。もし良かったら……少し、お話させて貰えないかしら」

「……どうぞ」


 涙に濡れた声が、返ってきた。リテリアは胸が押し潰されそうな気持を何とか堪えて、アネッサとふたり、カティアが待つ室内へと足を踏み入れた。

 カティアはベッドに座り込んだまま、呆然と宙空に視線を漂わせていた。

 リテリアもアネッサも、最初は何もいえなかった。いい出せなかった。

 辛い程の沈黙が室内に横たわっている。

 開け放たれた木窓の向こうから、月明かりだけが穏やかに射し込み、薄暗い室内でカティアの姿をぼうっと浮かび上がらせていた。

 やがてカティアが、消え入りそうなか細い声を搾り出し、そして泣いた。


「……御免なさい……本当に、御免なさい……」

「カティア、貴女が謝ることじゃないから」


 両掌で顔を覆い小さく肩を震わせるカティアを、リテリアは優しく抱き締めた。何故、彼女がこんな辛い目に遭わなければならないのか。どうしてこんな理不尽がまかり通るのか。


「お父様にも犯人のことがいえない……そういうことだよね」


 悔しそうに顔を歪めるアネッサが、敢えて独り言の様に呟いた。どうやら彼女は既に、犯人の目星をつけているらしい。

 それはリテリアも同じだった。


「……メロウズ商会の顧客の下級聖導貴族ね?」


 リテリアはカティアにではなく、自分自身に問いかける調子で低く囁いた。

 カティアからは何の反応も無い。この沈黙こそがまさに、肯定の意と考えて良いだろう。


「ねぇ。ミルネッティなら突き止められるかな?」

「ええ、そうね。恐らく……」


 リテリアはアネッサに頷き返しながら、尚も涙が止まらないカティアの頭を撫でてやった。

 もう二度とこんなことを繰り返させない為にも、制裁が必要だ。

 この時のリテリアの美貌は、憤怒の色に染まっていた。

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