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94.実戦研修

 タルネアン太聖大学の聖癒士養成科では、毎年一定期間の実戦研修が組み込まれている。

 これはその名の通り、実戦の中に於いて聖癒士としての訓練を積む為のカリキュラムだ。

 既に特級聖癒士として何度も現場で活動してきたリテリアにとっては今更どうということの無い研修だが、まだ実戦の場で治癒術を行使したことがない聖癒士見習いには中々ハードルが高い。

 そういう意味ではカティアもミラベルも、この実戦研修でどれだけ経験を積むことが出来るかによって、今後の聖癒士としての成長が大きく左右されることになるだろう。

 現在、聖癒士養成科には総勢で275名の聖癒士見習いが在籍している。

 リテリアを含む現役聖癒士、及び過去に聖癒士だった者は14名の登録があり、この14名には聖癒士見習い達を現場で指導するメンター的な役割が求められる。


「うへぇ、あたしもメンター? 何か、そういうのって性に合わないんだけど……」


 実戦研修の予定が発表された日の午後、かつて下級聖癒士として聖導会に所属していたアネッサは、穏やかな陽射しが降り注ぐ中庭のベンチで心底嫌そうな表情を浮かべて何度もかぶりを振っていた。


「辞退は多分、受け付けて貰えないと思うわよ。だってアネッサ、万職としても十分に現場での経験積んでるし……」

「いや、そりゃまぁそうなんだけど」


 リテリアに諭され、半ば諦めた顔つきで大きな溜息を漏らしたアネッサ。

 すると、同じベンチに腰を下ろしていたカティアとミラベルが、興味津々といった様子で上体を乗り出してきた。


「アネッサさん、地下魔宮とか、潜ったこと、あるんですか……?」

「あら、それは何とも頼もしい! まさに現場のエキスパートですわね!」


 ふたり揃って目を輝かせ、アネッサに色々な意味でプレッシャーをかけてくる。アネッサは、もう勘弁してよと更に大きな吐息を撒き散らした。


「それいうなら、リテリアだってシェルバー大魔宮に突入してたじゃん。第一、治癒術じゃあ間違い無くトップクラスの特級なんだから、リテリアがしっかり教えてあげたら良いんじゃない?」


 リテリアに助け舟を求めようとしたアネッサだったが、ここで意外にもカティアが、アネッサの方が個人的には助かるなどといい出した。

 その理由は、彼女のかつての聖癒士としての階級にあるらしい。


「リテリアさんはちょっと次元が違い過ぎるっていうか……何だか、私の様な素人に御指導頂くなんて、申し訳ないっていうか」

「何よそれぇ。あたしが下級だったからって、ちょっと甘く見てんじゃない?」


 今度はカティアに食って掛かったアネッサ。

 逆にミラベルは、是非リテリアに指導をお願いしたいとカティアとは異なる意見を口にしている。

 ところが、そんな和気あいあいとした空気の中で、不意に思わぬ人物が声をかけてきた。


「はぁい、こんにちは~」


 ヒルミナだった。

 相変わらず何を考えているのかよく分からない、あっけらかんとした笑顔で近づいてくる。だがほんの一瞬だけ、彼女はリテリアに向けて妙に鋭い眼光を飛ばしてきた。

 その視線に気づいたのはリテリアだけだったが、ヒルミナはすぐに表情を和らげ、まるで旧知の仲の様に随分と慣れ慣れしく言葉を繋いできた。

 そのヒルミナに対してはミラベルがまず、筆頭枢機卿の娘としての礼を執って挨拶の口上を述べる。次いで特級聖癒士のリテリアが続き、アネッサ、カティアという順でそれぞれ自己紹介まで進めた。


「えっと、あたしはヒルミナ。蒼雲の聖女だよ。宜しくねぇ」


 態々名乗られるまでもなく、その素性はこの場の全員が知っている。それ程までに、彼女の存在感は余りにも強過ぎた。


「それで本日は、どの様な御用件でしょう?」


 ミラベルはヒルミナに問いかけながら、彼女の後ろにずらりと並んでいる聖導貴族令嬢達の顔に視線を流していった。その中にはかつてミラベルの取り巻きだった者達の姿もある。

 特にラネーシアなどは奇妙な程に冷淡な表情で、寧ろ挑戦的な視線をミラベルに叩きつけていた。


「まぁ、何ていうかなぁ……軽い宣戦布告、みたいな感じ?」


 ヒルミナはミラベルの堂々たる態度に臆することなく、何が可笑しいのかくすくすと小さな笑いを漏らしつつ挑発的な台詞を放った。

 実戦研修は一定の人数でグループを組み、評価点を競う形式となっている。必然的に、自身が所属するグループ以外は全てがライバルということになるだろう。

 今回ヒルミナは、リテリア達とは異なるグループに所属している。つまり、敵という訳だ。


「一位を取るのは勿論あたしのグループだけどぉ、やっぱりほら、ライバルが居ないと張り合いが無いから、こうして敵情視察に来てみたって訳」

「あら、随分と余裕ですのね」


 既に勝利を確信しているかの如きヒルミナに対し、ミラベルはふんと鼻を鳴らした。

 確かに蒼雲の聖女たるヒルミナの治癒能力はずば抜けて高いだろう。そこは認めざるを得ない。しかし噂に聞けば、ヒルミナは聖託を受けこそすれ、実戦での治癒活動経験は極めて乏しいという話だ。

 この実戦研修ではあらゆる対応能力が評価対象となる。そういう意味では現場経験の豊富な現役聖癒士の方が有利という見方も出来るだろう。


「うん、だから一番のライバルが、貴女達ってことになるのかな。だって特級聖癒士なんて、ばりばりの超現役だもんねぇ」


 いいながらヒルミナは、先程と同じく鋭い眼光を再びリテリアに叩きつけてきた。


「んじゃまぁ、そういうことで……実戦研修の場で、また会おうねぇ」


 それだけいい残して、ヒルミナは取り巻き令嬢達を連れて去っていった。

 いきなり真正面から挑戦状を叩きつけられた格好のリテリア達。

 ここまで開けっ広げに迫られるということは、ヒルミナ側には相当な自信があるということか。


「あ、あの……ど、どうしましょう?」


 ひとりおろおろと狼狽えているカティア。まさかこんなことになるとは、思ってもみなかったのだろう。


「どうするっていわれてもねぇ」


 確かに評価自体はグループ同士の競争なのだが、アネッサは他グループと競い合うことには余り興味が無いらしい。

 それはリテリアも同様だったが、ひとりミラベルだけは妙にやる気満々だった。


「皆さん、是非とも勝ちましょう!」


 その意気揚々たる姿に、どうしたものかと顔を見合わせるリテリアとアネッサ。

 実戦研修は、一週間後に迫っていた。

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