89.不愛想が繋ぐ縁
実のところリテリアは、カレアナ聖教国首都ムルペリウスに来て以降、万職相互組合に顔を出したのは数える程しか無かった。
タルネアン太聖大学での毎日が忙しかったからというのもあるが、黒衣の巨漢とふたりきりで居る所を見られるのは拙いという警戒心が働いていたからでもあった。
しかも新歓パーティーでの一件以降は、更に足を向け辛くなった。
(ソウルケイジ様と顔合わせてるとこを見られたら、また絶対、面倒臭くなるもんね……)
だから極力、ソウルケイジが居そうなところには近づかない。
その決意によっていよいよ警戒心に拍車がかかり、リテリアの足を相互組合から遠ざける要因のひとつとして大きな割合を占める様になっていた。
ところが今日、リテリアは己の意志を変えざるを得なかった。
ミラベルがどうしてもソウルケイジに会わせろと迫ってくる為、彼女を連れて相互組合を訪れる運びになってしまったのである。
(まぁ、ちょっとぐらいなら……それに今日はミラベル嬢も居ることだし……)
正確にはミラベルとその取り巻き令嬢達も、だ。
万職相互組合は基本的に、下々の者達が寄り集まる場所というイメージが聖導貴族達の間に根付いているらしい。
その為、ミラベル様御一行は全員が例外無く非常に物珍しそうな表情を浮かべていたのだが、逆に万職達の方も、何故こんなところにあんな高貴な御令嬢連中が訪れるのかと凄まじい程の違和感を抱えているのが大半だったであろう。
しかし、ミラベル達がリテリアに案内されてソウルケイジが陣取っている壁際のソファー付近に足を運んだところで、万職達はほぼ全員が一斉に、納得した様な顔つきを見せる様になっていた。
「ソウルケイジ様、今、少し宜しいでしょうか?」
「何用だ?」
ソウルケイジは全く興味を示さず、声だけでリテリアに応じた。
これもまたいつものことなのだが、ミラベル達はこんなにも不愛想なのかと驚いた様子で、幾分はらはらしている様にも見えた。
リテリアは、いつもこんな調子なんですよと苦笑を交えながら振り返る。
ミラベルは更に目を丸くしていた。
「実はこちらのミラベル・ド・フェヴァーヌ嬢が、ソウルケイジ様とのお顔繋ぎを御希望されてまして」
「そうか。名前と顔は覚えた」
相変わらず視線すら上げようともせず、ソウルケイジは手にした文書をじっと眺めたままだ。
するとリテリアに促されたミラベルが貴族令嬢の礼を執って、挨拶口上を述べた。
「先日は危ない所を助けて頂き、誠にありがとうございました。改めまして、只今ご紹介に与りましたミラベル・ド・フェヴァーヌに御座います。このたびは光金級様に御挨拶させて頂く場を頂きまして、心からの感謝を申し上げます」
この時初めてソウルケイジは、視線を手元からミラベル達の顔へと向けた。
挨拶に応じたというよりも、この連中が何者なのかを正確に見抜こうとしているといった方が正しいかも知れない。
「用件は?」
「よ、用件で御座いますか?」
ミラベルは狼狽の色を浮かべたが、ソウルケイジがこういう反応を示すであろうことは、リテリアは事前に伝えておいた。それでも対応出来ないということは、折角の忠告を無視したか、或いは単に心の準備が出来ていなかっただけなのか。
いずれにせよ、ソウルケイジの態度はいつも通りだ。相手が筆頭枢機卿の令嬢だからといって容赦してくれる筈も無い。
ロサンテス第二皇子の胸倉を掴んで引き摺り上げる様な男なのだから、そこは推して知るべきだろう。
「あ、あの……もし宜しければ、一度お茶をご一緒させて頂きたいと思いまして……それで、今日は御都合をお伺いに参った次第ですわ」
「では今からだ。そこへ座れ。適当に好きなものを注文して来い」
ミラベルは完全に予想外だったらしく、呆けた表情を浮かべている。
逆にリテリアは、ソウルケイジが彼にしては意外とまともに応対したことに対し、これはこれで驚きだった。まさか令嬢のお茶に付き合うなどとは、思ってもみなかった。
しかしよくよく考えたら、リテリアが休憩する時でもソウルケイジは面倒臭がらずに一緒に過ごしてくれていた。そういう意味では案外ひと付き合いは悪くない方なのかも知れない。
「えっと……取り敢えず、まずは皆さんでお近づきになれたということで……」
リテリアが乾いた笑いを浮かべながら、気を利かせて厨房窓口に足を運んだ。大体は万職専用の飲食を提供する場だから、果たして令嬢達の口に合うかどうか。
「あれぇ? リテリア久し振りぃ。何やってんの?」
と、そこへ聞き慣れた声が受付カウンターの方から飛んできた。
ミルネッティだった。
リテリアは何故か妙に救われた気分になって、手短に事の次第を説明した。
「へぇ~……物好きなお嬢様方だねぇ」
ミルネッティは心底可笑しそうに、くすくすと笑っていた。が、リテリアにしてみれば笑いごとではない。
何とかして、ここはミラベルの為に場を取りなしてやらなければという気持ちが強かった。
「ま、良いんじゃない? ボクも手伝ってあげるよ」
そんな訳でミルネッティも、リテリアに協力してくれることとなった。
そしてその後のことは、リテリアもよく覚えていない。何となく忙しく、そして何となく変に気を遣ったことだけは間違い無かったのだが。
ただ、ミラベルが終始機嫌良さそうに笑みを浮かべていたことだけは印象に残っていた。
逆にソウルケイジはいつもと変わらず徹底して不愛想で、取り巻き令嬢達はミラベルが怒り出さないかと気が気では無さそうだったのだが、ミラベルはまるで気にしていない様子だった。
(……まぁ、これはこれで良かったのかな)
小一時間程して場を辞する際には、ミラベルはリテリアに対しても気持ちが悪い程に親しげな笑みを見せる様になっていた。
「リテリアさん! 今日は本当にありがとう! わたくし、とっても楽しかったですわ!」
両手を取って感激しきりのミラベル。
リテリアは乾いた笑みを浮かべて、そうですかと頷き返すしかなかった。
「それから……今まで、本当に御免なさいね。わたくし、心から反省しておりますの……で、この様なことを申し上げるのはとても図々しいのは承知の上なのですが……これからは仲良くして下さらないかしら」
内心で仰天したリテリア。
しかし――悪い話ではなかった。




