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88.蒼雲の聖女

 今や、色々な意味で大事件となった新歓パーティー。

 その場に居た全てのひとびとの命を守り通した光金級万職は英雄ともてはやされ、カレアナ聖教国も感謝状の授与やその他諸々の対応を進めようとしているらしい。

 たかだか一介の万職に対し、周辺各国に影響を持つ大国がここまでの動きを見せるというのは異例中の異例であり、破格の待遇が約束されるだろうとの噂がそこかしこで囁かれ始めている。

 その一方で、目も当てられぬ程に株を落としたのがロサンテス皇国だった。

 第二皇子ジェスナーが太聖大学内に於けるエヴェレウス王国の立場を切り崩しにかかったところ、自身が連れ込んだ魔法術士がまさかのテロリストだった為に多くのパーティー参加者の命を危機に陥れ、自身もエヴェレウスを叩く口実を失ったばかりでなく、ロサンテスの権威を大いに損なわせる結果となった。

 当然、本国は激怒したことだろう。

 ジェスナーは入学から僅か二週間余りで自国へ呼び戻される結果となり、彼の大学籍についてもそのまま無期凍結という処置を喰らったらしい。

 しかしロサンテス皇国が、このまま黙って引き退がるとも思えない。

 必ずや起死回生の秘策を打ち出してくる筈だ。

 少なくともクロルドは、その様に見ていた。

 そして実際に、その通りになった。


(聖女だと……?)


 大学内の通達掲示板に、ロサンテス皇国からの臨時編入生受け入れと題された一枚の告示が貼り出されていたのだが、その内容がクロルドの目を引いた。

 蒼雲の聖女ヒルミナ・テイラソル伯爵令嬢が近日、タルネアン太聖大学の籍を与えれるらしい。

 この時期にこの様な隠し玉を投入してくるということは、ロサンテスはジェスナーが万が一しくじった場合を想定していたのかも知れない。

 新歓パーティーの事件で被ったダメージはそう簡単には払拭出来ないだろう。しかしここで早々にジェスナーを退場させ、切り札ともいえる聖女を投入してくるというのは、ロサンテスもそれなりに本気で事に当たろうとしているのではと解釈出来る。


(聖女か……今度こそは大丈夫だろうな?)


 大学構内の中庭に面した回廊を歩きながら、クロルドは暁の聖女を名乗ったメディスを思い出していた。

 彼女は家格こそは申し分無かったが、その思想と性格に余りにも問題が多過ぎた。

 結果として聖女の資格は剥奪され、辺境への追放という形で何とか事態は収まったものの、それでもクロルドの中には未だに聖女そのものへの疑念と危機感が深く根付いている。


(面倒なことにならなければ良いけどな)


 しかしその願いは恐らく、叶うことはないだろう。

 ロサンテスが態々ジェスナーを引き戻してまで投入してきたカードだ。波乱のひとつやふたつは、覚悟しなければならない。


(問題はリテリアだな。彼女に対して余計な手出しをさせないように、監視の目を光らせるべきか)


 現在、この大学内にはリテリアを含めて数名の特級聖癒士が在籍している。

 そのうち新入生はリテリアだけだ。いわばこの大学に於いては、特級という立場にありながら新参者扱いである。縄張り意識が強く、派閥争いが目に見えて多い在校生がリテリアを守ってくれるとは到底思えない。


(やっぱり僕達で守るしかないか……こいつはまた、アルゼンと相談だな)


 操獣法師の様なテロリスト相手ではソウルケイジ以外にはどうにもならないが、相手が聖女ならばまだ何とかなるかも知れない。

 クロルドは久々に、武技科が入っている教室棟へと足を向けた。


◆ ◇ ◆


 タルネアン太聖大学の学長室を訪れた際、ヒルミナは手土産と称してロサンテス特産の装飾品を多数、従者達に持ち込ませた。


「先日はぁ、我が国の第二皇子が大変な御迷惑をお掛けしましてぇ、本当にすみませんでした!」


 勢い良くぺこりと頭を下げたヒルミナに、学長ペイジル聖導侯爵は何ともいえぬ微妙な笑みを返してきた。

 きっと悪いひとじゃない。話せば分かってくれる。折角自分がこうして頭を下げているのだから、迷惑に思うひとなんて居ない筈。

 ヒルミナは揺るぎ無い心で、その様に確信していた。

 そもそも、自分は聖女なのだ。本来ならば大学在籍は免除される筈の身分なのだが、ジェスナーの失態を取り繕う為に出馬してあげたのだから、皆はもっと称賛し、心に感じ入ってくれなければおかしいだろう。

 しかしそんなことは、絶対に口に出してはいわない。

 周りの皆が理解し、自然と意識してくれるようになってくれれば、それで良いと思う。

 だからヒルミナはペイジル学長のいささか引き気味の態度に対しても、何も追及しないことにした。


「ところで、例の新歓パーティーで大活躍されたぁ、光金級様はどちらにいらっしゃるんですかぁ?」

「はて、あの御仁は万職ですから、相互組合の方にいらっしゃるんじゃないでしょうか」


 いまいちよく分かっていない様子のペイジル学長。

 ヒルミナも、ふぅんと鼻を鳴らして曖昧に頷いた。万職というのが正直、あまりよく分かっていない。どういったひとびとなのだろうか。


「でもぉ、きっとあっちから会いに来てくれますよね! だってあたし、聖女だもん!」

「いや、流石にそれは分かりかねますな……」


 ペイジル学長は引きつった笑みで、中途半端な相槌を返すばかりだった。

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