87.外野の苦悩
エヴェレウス王国王都シンフェニアポリスは、涼しい朝を迎えていた。
カレアナ聖導会の第一本堂で朝の祈祷を終えたソフィアンナは、王室発行の官報を手にした筆頭聖導師ブラントに呼ばれ、堂内壁際のベンチに並んで腰を下ろした。
「ソウルケイジ殿がまた、目覚ましい大活躍をされたそうで」
妙に可笑しそうな顔つきで官報をソフィアンナに手渡してきたブラント。
何のことかと小首を傾げながらその第一面を見た時、ソフィアンナは思わず目を剥いた。
見ると、そこにはタルネアン太聖大学の新歓パーティーで起きた事件についてが大々的に記されていた。
事の発端はロサンテス皇国の第二皇子ジェスナーがクロルドにいいがかりをつけたことらしいが、その辺は余り詳しく書かれていない。
恐らくはロサンテスとの外交感情を踏まえての表現規制の一種であろう。
ただ、その後に起きたセルパクロー統一尊教の過激派と思しき操獣法師による凶行と、英雄的な活躍でひとりの死者も出さなかった光金級万職に関しての記述が紙面の九割近くを埋め尽くしていた。
「あの方の力量は王国内の高位貴族の間ではもう常識みたいなものですけど、これでとうとう、聖教国にもその名が広まることになった訳ですね」
ソフィアンナは苦笑しながら、官報をブラントに返した。
恐らくソウルケイジのあの性格だから、どの様にもてはやされても一切表情を変えること無く、今まで通りの不愛想な対応で一貫することだろう。
但し問題は、その周辺に居る者達だ。
特にリテリアに余波が及ぶことが無いか、それだけが心配だった。
「まぁリテリアも、ソウルケイジ様を独占しようだなんてことを考える子じゃないから、大丈夫だとは思いますけど……」
「しかし周りは、そうは見てくれないかも知れません」
ブラントは僅かに眉を顰めた。
ソウルケイジは良くも悪くも無頓着な人物だ。人前でも平気でリテリアと今まで通りの接し方をするかも知れない。
そのふたりを見て、変な噂や妙なやっかみの類が囁かれなければ良いのだが、と低く漏らしたブラント。
確かにそれはありそうだな、とソフィアンナも腕を組んだ。
ただ、件の官報上の記載には、特級聖癒士に関しては何も触れられていなかった。今のところはソウルケイジとリテリアの関係性をそこまで重視していないのか、或いは気付かれていないかのいずれかだろう。
「こんなことなら、もうちょっと強く背中を押してあげておくべきでしたねぇ……」
嘆息しながら高い天井を見上げたブラント。
何のことかとソフィアンナが問いかけると、彼は以前、リテリアにソウルケイジへの夜の奉仕を勧めたことがあった事実をさらりと口にした。
流石にこれには、ソフィアンナも耳を疑わざるを得ない。
聖癒士は本来、純潔が義務とされている。なのに、如何に人生の恩人とはいえ、その戒めを破る様にと勧める聖導師など、どこに居るだろうか。
だが現実として、ブラントが自ら白状した。
驚くなという方が無理だろう。
「私は、あれだけの辛い経験をした彼女には、もう重い責任を担い続ける人生は歩んで欲しくないと思っていました」
特級聖癒士という存在は、色々な意味で特別だ。
その分、重責による精神的な疲労は他とは比べ物にならない。それを、僅か18歳の娘がその一身に背負い続けている。
どれだけ本人が納得し、己の意志でその立場にあり続けているといっても、ブラントとしては見ている側の方が辛いという想いがあったのかも知れない。
「……そうですね。おっしゃることは、分かります」
確かにその通りだ――ソフィアンナも納得して頷き返した。
特級聖癒士に昇格してからのリテリアは、どこか思い詰めている様な表情が多くなった。上級までの頃の彼女はもっと明るく、気さくで、いつでも笑い合い、普通に冗談を口にする年齢相応の娘だった様に思う。
今でこそ以前の様な明るさや、ざっくばらんとした調子が再び顔を見せる様になったものの、その最大の理由はソウルケイジと出会ったからであろうと考えられる。
いわば、ソウルケイジはリテリアの心の重責を一気に取り払ってくれた恩人だ。彼は確かにリテリアを罪人という悪名、処刑という命の危機から救ってくれたが、それ以上に心の救いになっていることは間違いない。
「そういう訳ですから、私はこの御仁ならば、と思った訳ですよ」
リテリアを聖癒士から引退させた上で、ソウルケイジとの人生を共に歩んでいって貰う。
それがブラントの親心だったのかも知れない。
しかし意外なことに、ソウルケイジは女性との色事には何の興味も示さなかった。彼が男色趣味なのかといえば、どうやらそういう訳でもなさそうだ。ならば男性としての機能不全なのかとも疑ったが、そういう話も全く聞こえてこない。
一体どういうことなのかと疑問を重ねていた、とブラント。そして結局、リテリアは聖癒士の職を辞することも無く、今もソウルケイジの傍近くに居る。
否、厳密にいえばソウルケイジがリテリアの身辺から離れないといった方が正しいだろうか。
「ソウルケイジ様にその気がなくても、リテリアの気持ちはどうなんでしょうね」
ソフィアンナはこの時ふと、ミルネッティの可愛らしい笑顔を脳裏に描いた。あの森精種の娘もまた、ソウルケイジに一生ついてゆくといわんばかりの勢いで、彼を慕っている。
今はリテリアも別段気にしていない様子だったが、これがいずれ男女関係の話に発展してしまえば、どうなるだろう。
「無頓着過ぎるのも、ちょっと問題ですね」
こめかみの辺りに軽い頭痛を感じたソフィアンナ。
リテリア、ソウルケイジ、ミルネッティ。
この三人の中には誰ひとりとして、悪人は居ない。それだけに、厄介だった。
ソフィアンナとしてはリテリアをこそ最大限に応援してやりたい気持ちではあったが、ミルネッティのことも嫌いにはなれない。
(はぁ~……私が勝手にやきもきして、どうすんのよ)
そんなことを思いながら、矢張り気になって仕方が無かった。
これにて第四章『学び舎異景』はおしまい。
お付き合い頂きまして、誠にありがとうございました。
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