83.告発
聖教友師記念堂の、控室として利用されている小ホールの一角。
間も無くダンスホールに足を踏み入れようとしている段階で、クロルドはその面に、若干焦りの色を浮かべている様に見えた。
「光金級殿は、どちらに行かれたのか……」
リテリアは何故クロルドが、ソウルケイジの所在をそこまで気にするのかが今ひとつ理解出来なかったが、しかしホール担当のスタッフが、もう今にもダンスホールへの案内を始めようとしている。
傍らのアルゼンも、クロルドの微妙な焦り具合に合点がいかないらしく、僅かに小首を傾げていた。
この新歓パーティーに、ソウルケイジがクロルドの護衛役として参加する話は既に聞き及んでいたリテリアだったが、必ずしも同じ場所、同じ位置にソウルケイジが姿を見せるとは限らない。
あの黒衣の巨漢は必要とあらば徹底的に姿を消し、気配を殺し切った状態で、どこかに身を潜めたまま周囲の危険因子を片っ端から消してゆく。
恐らく今回もそういうやり方でクロルドを守っているのだろうと推測されるが、そのクロルドはソウルケイジがこの場に同席してくれることを期待していたのかも知れない。
或いはソウルケイジの存在感そのものを身近に置くことで、外部の脅威に対する牽制として用いたかったのだろうか。
数百メートル、下手をすれば数キロメートルぐらい離れていても、守護対象や護衛対象が危機に陥れば驚くべき速さで駆けつけてくる超人である。この場に居なくとも、何かあれば瞬時に姿を現すであろうことは容易に想像出来るリテリアなのだが、クロルドはソウルケイジのそういうやり方を理解していないものと思われる。
(う~ん……それならそれで、事前にちゃんといっておかないと……)
飽くまでも推測に過ぎなかったが、リテリアはクロルドがソウルケイジの護衛術を事前に把握していなかったのだろうと内心で苦笑を漏らした。
「殿下、ご安心下さい。ソウルケイジ様なら間違い無く、その辺にいらっしゃいますから」
リテリアは笑いを堪えながら、ソウルケイジの護衛方法について軽く説明してみせた。
するとクロルドは、そんな話は聞いていないとばかりに呆然とした表情を返した。
どうやらリテリアの予想は、的中したらしい。要は事前の確認を怠ったが為に、想定外の状況に置かれてしまったのだろう。
しかし今更悔やんだところで、もう遅い。
「……緊張するね」
「アルゼン様でも、そんな風に硬くなることがあるんですか?」
僅かに頬を強張らせているアルゼンに、リテリアは驚きを隠せなかった。
正装に身を包んだ近衛騎士として、実に凛々しい立ち姿を見せているアルゼン。普通に振る舞っているだけでも十分絵になる男だと思った。そんな彼でも緊張することがあるのだろうか。
「リテリア嬢は、大丈夫?」
「はい。特級聖癒士の職務上、色々なひとの前で講演したり、治癒術の講義をしたこともあったりしましたので……」
などと答えながら、それでも多少のぎこちなさは自覚している。このドレスの所為だ。余りに豪奢で、自分の様な平民上がりには勿体無さ過ぎる。その微妙な負い目が変なプレッシャーとなっているのは、間違い無いだろう。
しかしもうここまで来てしまったのだから、四の五のいっても始まらない。ここはもう、外交的なことは全てクロルドが引き受けてくれるものと信じて、ただ大人しくその後ろで控えていれば良いと自分にいい聞かせるのみだ。
やがてホール担当スタッフが扉を押し開き、次いで場内にクロルド一行入場の声が響き渡る。
「では、参りましょうか」
リテリアは僅かに目を細めて、アルゼンの横顔を覗き込んだ。
◆ ◇ ◆
それでも矢張りというべきか、クロルドは流石に王族だった。
控室で見せていたあの狼狽ぶりは一瞬で姿を消し、ダンスホールに入った時には威厳と爽やかさ、そして瑞々しい若さを全面に押し出し、堂々とした足取りで歩を進めてゆく。
来賓やその他の新入生達からは盛大な拍手で迎えられ、ホール全体が歓迎一色に包まれた。
そんな中でリテリアはアルゼンと共に、クロルドのやや後方で黙然と控えている。ただ一緒になってついて廻れば良いだけだから、これ程に気が楽なことは無かった。
もしもこれが、自力でパートナーを探しての個人参加だったとしたら、挨拶回りや何やらで、それだけで気疲れしていたに違いない。
侍従団という立場上、好き勝手に料理やドリンクを楽しむことは出来ないが、リテリアとしてはそんなことよりも平穏無事にこの時間を終えられるというメリットの方が大きい。
(……まぁどうせ、後で二次会とか何とかいって、アネッサとカティアに美味しいお店に連れていって貰えれば良いだけだしね)
などと呑気に考えながら、クロルドの挨拶回りに同行してゆく。後は失礼にならない程度に、時折作法に則って挨拶の所作を見せるだけで良いだろう。
ところが、ダンスホールに入場してから少し時間が経過したところで、思わぬ事態が生じた。
ロサンテス皇国の第二皇子ジェスナーと挨拶を交わした時、どういう訳かその周辺にはミラベルと取り巻き令嬢達が一緒になって張り付いているのが見えた。
何となく嫌な予感が脳裏を過った時、ジェスナーは不意に、朗々と響く声でホール全体に呼び掛けるという行動に出たのである。
「本日この宴にご参加の皆様に申し上げる。わたくしジェスナー・デル・ロサンテスは改めて、クロルド・サディア・エヴェレウス王子殿下にお伺いしたき儀が御座います故、この場で皆々様にお声がけさせて頂いた」
一体、何が始まろうとしているのか。
リテリアは訳が分からないまま内心で首を捻ったが、クロルドにはどうやら思い当たる節があるらしく、苦り切った表情を浮かべている。
この反応から察するに、余り嬉しくない事態がこの後に続きそうだが、リテリアとしてはどう振る舞って良いのかも皆目不明である為、まずは黙って視線を落としたままクロルドの後ろで控えているしかない。
ところがこの直後にジェスナーが発した言葉には、思わず顔を上げざるを得なかった。
「こちらにいらっしゃる近衛騎士のアルゼン・バルトス卿は過日、所属騎士団によって重刑を課され、右脚切断の処置を受けたと聞き及んでいる。更にそのバルトス卿に義足を提供するなどして、カレアナ聖導会が掲げる健全なる肉体の保持という精神に真っ向から異を唱えた女性がいらっしゃる。それが特級聖癒士リテリア・ローデルク嬢であるとお聞きしておりますが、クロルド殿下、その真偽については如何か」
今ここで、何が起きているのか。
リテリアは半ば呆然と、クロルドの怒りに燃えた横顔を凝視した。
そしてダンスホール内には大きなざわめきが巻き起こり、動揺の空気が広がっていった。




