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82.運命のカウントダウン

 ここ最近のミラベルの生活は、決して順調とはいえなかった。

 その原因は、分かっている。


(あの女が全部、悪いんだわ……)


 リテリアとかいう、田舎女の所為だ。

 エヴェレウス王国王都シンフェニアポリスの聖導会本部で特級聖癒士として登録されているらしいが、そんな名声が通じるのはエヴェレウスだけだ。

 少なくともここカレアナ聖教国では、聖導侯爵の娘である自分の方が、全てに於いて上である筈だ。いや、そうでなくてはおかしい。

 周辺国はカレアナ聖導会の威信を背に受けてそれぞれの国を統治し、平和な日常を送ることが出来ている。いわばエヴェレウスなどは属国といっても良いくらいだ。

 それなのに、あの女――リテリアは筆頭枢機卿の娘である自分に対し、全く媚びようともしない。

 こんな馬鹿な話があって良いものだろうか。


(不憫なわたくし……あんなどうでも良い女の為に、ここまで頭を悩ませなくてはならないなんて)


 しかし、ただ黙って泣き寝入りするだけでは聖導貴族の沽券に関わる。ここは何としてでも、あの小生意気な女を地に這いつくばらせる必要があるだろう。

 ミラベルは自身の正義に従って、行動を開始した。

 ところがどういう訳か、あらゆる策が全て不発に終わっている。

 あの手この手を使って恥をかかせてやろうとしても、教授や大学関係者は悉く、あの女の味方をしてばかりだった。

 ならば、友人に頼んであの女の暴虐ぶりを告発してやろうと試みたが、その場合でも学生自治会はあの女に一切手を下そうとしない。それどころか、告発した友人らが逆に責められたりしている。

 一体何故、こんなことが起きているのか。

 どの教授も、どのスタッフも、あの女に関わろうとしない。まるで触らぬ神に祟りなしといわんばかりに、ひたすら恐れ、逃げようとしている。

 遂に堪りかねたミラベルは、父クラレオスに訴えかけた。絶対に許せない蛮人が聖なる学府で傍若無人に振る舞っている、と。

 ところがあの父ですら、やけに慎重だった。まずは事実確認をすべきだという意味の台詞を繰り返すばかりだった。


(一体あの女の、どこがそんなに凄いというの?)


 まるで理解出来なかった。

 どうして誰も彼もリテリアの権利ばかりを尊重し、筆頭枢機卿の娘である自分をここまで蔑ろにするのか。

 この国は、おかしくなってしまったのではないだろうか。

 もうそんな風にしか思えなくなり始めていた頃、ミラベルにひとつの出会いがもたらされた。

 ロサンテス皇国第二皇子ジェスナーとの、運命の邂逅である。


「どうぞお心安く、ジェスナーとお呼び下さい」


 新歓パーティーで初めて顔を合わせた時、かの貴人はその様に優しく接してくれた。

 この方ならばきっと、ミラベルの鬱屈した心を晴れやかなものにしてくれるだろうという期待を寄せることが出来た。

 いつも一緒に居てくれる友人達と共に過ごす、ジェスナーとの楽しいひと時。

 この御方はきっと、わたくしに新たな運命を切り開いてくれる――そう思うことが出来た。

 そして、そのジェスナーの口から飛び出してきた言葉に、ミラベルは心を躍らせた。


「それにしても、頭が痛い話ですね。エヴェレウス王国が恐れ多くも、罪人などをさも当然の如く、この聖なる学府に捻じ込んできたというのには……」

「罪人?」


 妙な期待感が、ミラベルの胸の内に湧き上がる。

 誰のことを指しているのか。

 もしかしたら、あの田舎女を打ちのめす良い機会が得られるのではないだろうか。


「ここだけの話ですが、例の特級聖癒士と、彼女が救ったという近衛騎士です。私は今日、この宴の席で、クロルド殿にその真意を問いただしてみようと考えている次第です」


 その瞬間、ミラベルは天啓を得た思いだった。

 この御方と共に居れば、全てが上手く運ぶ。これまでの不運が嘘の様に、あらゆる物事が好転する。

 今までの鬱屈は、きっと天が与えた試練だったに違いない。それを乗り越えた今、ミラベルには前途洋々な未来が待っている。

 その幸福を掴む為には、是が非でもジェスナーに見事勝利して貰わなければならない。

 ミラベルは高揚する気分を必死に抑えながら、穏やかな笑みを浮かべつつ静かに訊いた。


「差し支えなければ、教えて下さいまし……一体どの様になさろうとお考えなのでしょう?」

「問題の近衛騎士ですが、右脚から先は義足だそうです。しかもそれは、重刑の結果、執行されたもの……つまり一度は国が正式に罪人として認めたものを、敢えて無罪だったと強弁しているに過ぎません。そんな輩を、かの国は留学生として捻じ込んできた。こんなことが許さるでしょうか」


 その告発に、ミラベルは思わず息を呑んだ。周りの令嬢達も、何と恐ろしいと眉を顰め、エヴェレウス王国の非常識な行為に非難の意を示した。

 そしてジェスナーは、うっすらを笑みを浮かべている。

 いつの間にか彼の傍らには、正装に身を包んだ宮廷魔法術士と思しき男が佇んでいた。


「この者は、その近衛騎士の身に刻まれている黒い罪悪を暴く術を心得ています。ここにお集まりの全ての皆様方に、エヴェレウスの蛮行をつまびらかにしてみせましょう」


 素晴らしい――ミラベルは心の底からの称賛を示した。

 もうここまでくれば、あの生意気な田舎女だけを処断するだけでは気が収まらない。いっそのこと、関係する者全員を徹底的に叩きのめしてしまえば良い。

 その秘策を、ジェスナーは用意してくれている。

 これだけ大勢の聖教国重鎮や大学関係者が居る前で、その近衛騎士の穢れを大いに見せつけてやれば、最早誰も庇いだてすることなど出来ないだろう。

 そうなれば、あの田舎女に意味不明な忖度をし続けてきた教授達や大学関係者も心を改め、反省し、今後はミラベルの言葉に耳を傾けてくれる様になるに違いない。

 何と痛快な、何と心洗われる世界だろう。

 ミラベルはもう、その瞬間が待ち遠しくて仕方が無かった。

 そして、いよいよその時が迫ろうとしている。

 エヴェレウス王国第二王子クロルドが、侍従団を引き連れて会場に姿を現したのだ。

 その中には、あの田舎女――リテリアの姿もあった。

 あり得ないことに、あの平民上がりの女は王族かと見紛う程の豪奢なドレスを身に着けている。もうそれだけでも断罪ものだが、ここは敢えて言葉を慎もう。


(さぁ、ジェスナー殿下……出番で御座います!)


 ミラベルはただじっと、その時を待った。

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