81.光り輝く世界
新歓パーティー当日の朝。
近くのカフェでアネッサやカティアと一緒に軽めの朝食を終えたリテリアは、寮の自室に戻ってきたところで思わず硬直してしまった。
(え? 何コレ?)
数人の王家付侍女が寮の管理人の立ち合いのもと、リテリアの個室に何かを運び込んでいる場面と遭遇してしまった。
「あぁローデルクさん。貴女に贈り物だそうです」
老齢の管理人の言葉が終わるかどうかというタイミングで、侍女達はいそいそと辞去していった。
一体何が贈られたのかと凄まじい不安を覚えつつ自室内に足を踏み入れたところで、二度目の硬直。
さんさんと朝陽が差し込む窓辺に、トルソーが立っている。
その上から覆い被さっているのは、王族の召し物かと見紛う程の煌びやかなパーティードレスだった。
リテリアの視界の中で大いに自己主張しているそのドレスの贈り主は、クロルドだった。
添付されていたメッセージカードには、今夜の新歓パーティーにはクロルドの侍従団のひとりとして参加する様にとの指示が記されている。
恐らくアルゼン辺りが口を利いてくれたのだろう。それ自体はとても有り難い。これで、面倒なミラベルやその取り巻き連中を個人で相手に廻す必要はなくなるだろう。
しかしこのドレス、少し豪奢過ぎではなかろうか。これでは侍従というよりも、クロルドのパートナーという風に見られる可能性もある。
かといって、今更新しいドレスを用意する訳にもいかない。今日の夕刻時点で適当なドレスが見つからなければ、カティアに頼んで貸ドレス店を紹介して貰う腹積もりだったリテリア。
しかしこうしてクロルドがリテリアの為に贈ってきた以上は、他のドレスを着用することは不可能だ。そんなことをすれば例えカレアナ聖教国内といえども、立派な不敬に該当する。
それは流石に拙い。
(うぅ……着ていくしかないかしら……)
結局諦めて、この無駄に豪勢なドレスを着ることにした。
そして更に驚いたことに、夕刻になって再び、王家付の侍女連中がリテリアの個室を訪れてきた。どうやら着付けを手伝ってくれるらしい。
(殿下……そこまでお気遣い頂かなくても……)
ここまでされてしまうと申し訳無さ過ぎて、パーティー会場でちゃんと挨拶出来るか不安になってくる。
そうして結構な時間をかけて着付けからヘアメイクまで終えようとしたところで、リテリアはふと、別のことが気になった。
「あの、もし御存知でしたらで結構なのですが、アネッサとカティアは、侍従団には加わっていないのでしょうか?」
「そのおふた方は、個人で参加される様ですね」
ドレッサーの鏡越しにそう答えた侍女は更に、驚くべきひと言を添えた。
「それから、光金級様が殿下の護衛としてご参加なさるそうです」
「え……ソウルケイジ様が?」
思わず声が裏返ってしまったリテリア。
そんなことがあり得るのかと驚きを隠せなかったが、しかしこの侍女も別段、嘘や冗談をいっている訳でも無さそうだった。
一体、どういう風の吹き回しなのか。
嫌な予感という訳でも無いのだが、何となく気分が落ち着かないリテリアだった。
◆ ◇ ◆
そして、新歓パーティー本番。
タルネアン太聖大学構内の最大の建物である聖教友師記念堂に、多くのひとびとが集まっている。
使用されるのはメインとなるダンスホールの他、その周囲に並ぶ幾つかの中ホールと、更にはテラスや中庭までもが解放され、結構な面積が新歓パーティーの会場として供される運びとなった。
そしてそれらの全ての場所で、諸々のドリンクや種々多様な料理を楽しむことが出来る。
ダンスホールでは常に聖教国選りすぐりの楽曲団が柔らかなメロディーを奏で、決まった時間になるとダンス用の音楽が流れるスケジュールが組まれていた。
参加者の顔ぶれは非常に多岐に亘るが、新入生以外で見られるのは聖教国の要人や大学の教授、そして大勢の関係者といったところである。
スタッフやウェイター以外は全員が目一杯のおめかしで着飾り、その煌びやかさでお互いに競い合っている様にも見えた。
「流石、聖教国でも最高級の資金とスタッフが投入されるという太聖大学の新歓パーティー……歴史に名を残す素晴らしい催しになるかも知れませんわね」
ダンスホールに足を踏み入れた際、ミラベルは取り巻き令嬢達に自慢するかの如く、鼻高々に胸を張った。側近的存在のラネーシア以下、十数名の聖導貴族令嬢達が一斉に囃し立てて、今宵の宴の素晴らしさ、豪勢さを次々と褒め称えた。
実のところ、この新歓パーティーにはミラベルの父である筆頭枢機卿の大聖導師クラレオス・ド・フェヴァーヌが相当に心を砕き、細心の注意を払って入念に計画を進めてきたという経緯がある。
その偉大なる父が主幹となって用意してくれたパーティーなのだ。素晴らしくない筈がなかろう。
過日煮え湯を飲まされたリテリアもこの新歓パーティーに参加することを考えれば、多少腹が立つのは否めない。しかし逆に考えれば、このパーティーでミラベルの威光を徹底的に叩き込むことで、あの小生意気な田舎娘をひれ伏させることだって可能な筈だ。
(そうよ……あんな野暮ったい女に、このわたくしが負ける筈はありませんわ)
今度こそ、ぐうの音も出ない程に打ちのめしてみせる。
そんな思いを胸にダンスホール中央付近を目指していると、周囲に多くのひとだかりを作っている高貴な身なりの男性がミラベルに気付いたらしく、小さく会釈を送ってきた。
ミラベルは軽く頭を下げてから、改めてその貴人の前へと歩を進める。この人物が何者なのか、ミラベルは父からの情報で既にその正体を知っていた。
「お初にお目にかかることが叶いまして、恐悦至極に存じ上げます。わたくし、クラレオス・ド・フェヴァーヌの娘にして本大学に籍を置いております、ミラベル・ド・フェヴァーヌと申します。ロサンテス皇国の輝ける小太陽、ジェスナー・デル・ロサンテス皇子殿下に謹んでご挨拶申し上げます」
その堂に入った作法と挨拶口上に、周囲のひとびとから感嘆の吐息が幾つも漏れ聞こえてくる。
そしてミラベルから挨拶を受けたジェスナーは、これまた非常に流麗で、且つ友愛の念に満ちた挨拶で応えてくれた。
「お初にお目にかかり、誠に光栄です、フェヴァーヌ嬢。どうぞお心安く、ジェスナーとお呼び下さい」
この出会いは、もしかしたら運命なのかも知れない。
そんなことを思いながら、ミラベルは極上の笑みを返した。




