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74.成長の証

 朝、タルネアン太聖大学内の第一講堂。

 そこに、この年新たに入学した400名以上の新入生達が、専攻科毎にクラス分けされた状態でずらりと整列している。

 舞台上にはペイジル学長の他、各科の主幹責任者や総務関連のお偉方の顔が幾つも並んでいた。

 そんな中、拡声法術が仕掛けられた杖を片手にペイジル学長が新入生達と向かい合う格好で舞台の際近くへと歩を進めた。


「諸君、入学おめでとう」


 このひと言から始まった演説はおよそ10分にも及び、その後に何人かの担当者からの説明や注意喚起の言葉などが続く。

 そうして小一時間近くかかった入学式を終えると、リテリアとアネッサはやっと解放されたとばかりに背伸びしながら第一講堂の大きなドアをくぐった。

 透き通る様な青空が気持ち良い。陽射しはまだ少し暑いが、汗ばむ程の陽気でもなかった。


「あれ? アルゼンさんは?」

「戦技科の説明が追加であるからって、第二講堂の方に行かれたわよ」


 アネッサに答えながら、リテリアはすぐ手近にある円形屋根の建屋を指差した。結構な大きさの石造建物で、内部にはコロシアム型の武闘場が設けられているらしい。

 建物自体も真新しかった。カレアナ聖導会で戦闘技術習得が認められる様になったのはつい最近の話であり、その為に設計された第二講堂の竣工はまだほんの数カ月前なのだという。


「リテリアは、戦技科の講義受けないの?」

「う~ん……私にはソウルケイジ様が居るから……」


 正直なところ、あの黒衣の巨漢を越える優秀な指導者が居るとも思えない。態々時間と授業料をかけて学ばなくとも、ソウルケイジに稽古をつけて貰えれば、それだけで実戦に臨むことが出来る。


「ま……それもそっか」


 アネッサもそれ以上は訊かなかった。ソウルケイジの技量は誰よりも、同じ万職だった彼女の方が詳しいのかも知れない。

 と、その時。

 突然背後から何かがぶつかってくる衝撃を受け、リテリアはつんのめりそうになった。


「あ……ご、ごめんなさい!」


 振り向くと、同じ年頃の娘が石畳の地面に尻から座り込んだ姿勢のまま、背中越しにリテリアを見上げて必死に謝っている姿があった。

 ところが――。


「おい、謝る相手が違うだろう」


 その娘に詰め寄る、幾つかの影。これまた矢張り同じ年頃の青年達で、リテリアが助け起こしてやろうとしているのを遮る様に、さっと手を伸ばして件の娘を引きずり起こそうとしていた。

 リテリアは半ば本能的にそれらの手を払いのけて、座り込んでいた娘を優しく立たせてやった。


「貴様……今、自分が何をやったのか、分かっているんだろうな?」

「はい。私にぶつかってきたこの方を立たせて差し上げました」


 凄んでくる若者に内心で溜息を漏らしながら、しかし表情だけはクールに、淡々と応じるリテリア。

 するとその若者連中の中心に立っていたリーダー格と思しき男が一歩進み出て、リテリアを上から見下ろす位置に立った。


「良い度胸をしている。国と所属をいえ」

「エヴェレウス王国、シンフェニアポリス支部所属です」


 相手の視線を真正面から受け止めながら、リテリアは臆することなく答えた。以前の自分なら、こんなに堂々と応じることが出来ただろうか、などと心の奥底で自分自身に驚きつつ。


「シンフェニアポリス……まさか、お前が噂の特級聖癒士か」


 そのリーダー格の男が僅かに表情を動かして問いかけてきた為、リテリアは小さく頷き返した。その途端、周囲から驚きと警戒、或いは尊敬など様々な感情が入り混じった声が湧き起こった。

 リテリアと対峙している男は僅かに緊張の色を帯びたが、彼の取り巻き連中は明らかに狼狽している。


「ふっ……いきなりこんな形で顔を合わせることになるとはな。クロルド殿の手を煩わせることもなくなったと喜ぶべきか」

「クロルド殿下の?」


 リテリアは意味が分からず、眉間に皺を寄せた。途轍も無く嫌な予感が脳裏を過ってゆく。関わってはいけない人物だったかも知れない。

 が、もう遅い。

 自分から首を突っ込んでしまった以上、ここから先は自己責任で事を収めるしか無さそうだ。


「それで、こちらの方がそちら様に謝るべきだとおっしゃっていた様ですが、この方は私にぶつかってこられたのですから、不可抗力であろうとなかろうと、私に謝罪されたのは立派なことだと思います。そのことについてそちら様がとやかくいわれる筋合いは無いのではありませんか?」


 もうどうにでもなれと腹の底で自分で毒づきながら、リテリアは啖呵を来た。

 するとリーダー格の男は、リテリアに救われた娘にはもう興味を失ったかの如く、ただじぃっとリテリアだけを睨みつけている。


「良い度胸だ。しかしな……私はお前を認めない。必ずここから、叩き出してやる。その時を、楽しみにしておけ」


 全く意味不明の台詞を吐いてから、その男は取り巻き連中を率いてリテリアの前から去っていった。

 一体、何だったのだろう。リテリアとしては身に覚えも無いまま、勝手に因縁を付けられた様なものであったが、しかし一応この場に於ける危機は去ったと見て良い。


「あ、あの……ありがとう……ございました」


 リテリアに救われたその娘は、頬を紅潮させながら静かに頭を下げた。彼女は、聖癒士見習い科に入学したカティア・メロウズと名乗った。


「お怪我はありませんでしたか?」

「は、はい……えと、その……本当に、危ないところを助けて頂き、その……とても、嬉しかったです」


 頭ひとつ分程の低い位置から上目遣いに見つめてくる瞳に、リテリアはこそばゆい感覚を覚えた。


「うひゃあ、リテリアもやるようになったねぇ。あんな連中にひとりで堂々と喧嘩売るなんてさぁ」

「ちょっとアネッサ、ひと聞きの悪いこといわないでよ」


 にやにやと変な目線で顔を寄せてくるアネッサの脳天に、リテリアは軽い手刀を喰らわせた。

 しかし、彼女がいわんとしていることも、分からないではない。

 実のところ、リテリアは自分でも驚いていた。

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