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73.仮想敵国の次男坊

 夕刻。

 入学手続きを終えたクロルドは、タルネアン太聖大学の学長室に招かれた。

 この大学に他国の支配層の子女が入学することは、決して珍しい話ではない。

 カレアナ聖導会は周辺諸国に於いては最大の信者数を誇る宗教であり、その信者を国民に多く抱える各国政府としては、カレアナ聖教国の御機嫌を伺い続けることが安定した国家運営の肝になると考えている。

 その為、周辺の国々は王家の子女を太聖大学へ通わせることで聖教国との友好を印象付けることを、絶対に怠りはしない。

 今回はクロルドが、エヴェレウス王国とカレアナ聖教国のパートナーシップを堅牢なものにする為に派遣されたという見方が多く、学長であり枢機卿ナンバー3の位置にあるアーネスト・ペイジル聖導侯爵もその様に見ている節があった。

 だが実際は、少し異なる。

 クロルドの頭の中には、リテリアへの想いがちらついていた。


(彼女の為だけに入学した訳ではないが……しかし大きな要因のひとつではあるだろうな)


 王子ともあろう者が、と自嘲する気分ではあったが、しかし今のクロルドには己の心境を欺く腹は一切、無かった。


「第二王子殿下、当校へのご入学、心より歓迎致しますぞ」

「恐縮です、学長殿」


 クロルドはペイジル聖導侯爵とひと通りの挨拶を終えると、同じく学長室に招かれていたもうひとりの貴人の紹介を受けた。


「お初にお目にかかります。ロサンテス皇国の第二皇子、ジェスナー・デル・ロサンテスです」


 口調こそは丁寧だが、その瞳には鋭く突き刺す様な眼光が宿っている。

 ロサンテス皇国はエヴェレウス王国から見て西に位置する大国で、大陸の西半分を版図とする一大強国だ。

 エヴェレウスとは表向き上は友好国として相対しているものの、実際のところは国境線争いが過熱の一途を辿り続けており、水面下に於ける激しい牽制の応酬が後を絶たない。

 実際、エヴェレウス王国内での戦闘教練の場面でも、このロサンテスを仮想敵国と見做して訓練課程を組むケースが多かった。

 勿論、そのことはロサンテス側も既に察知していることだろう。

 それでも敢えて表沙汰にしないのは、東の超大陸を席巻する鉄血帝国に隙を与えない為であった。

 今、かの軍事大国に海を渡ってこられては、エヴェレウスもロサンテスも抗えぬままに大敗を喫する恐れがある。それ故、表立って敵対する訳にはいかないのである。

 しかしそれでも、ここカレアナ聖教国内では話は別だ。

 完全中立が保たれているということは、裏を返せば個人同士でのいがみ合いは国家レベルの話に発展することは決してあり得ないという保証でもある。

 ジェスナーがクロルドに日頃の鬱憤を晴らすかの様に敵対的な眼光をちらつかせているのも、そういった背景があるからだと考えられる。

 そんなふたりをペイジル学長が態々引き合わせたのは、最初にこの三人で顔合わせをしておくことで、後々余計な騒ぎを起こすなよという暗黙のメッセージなのかも知れない。

 そういう意向を酌んでのことなのか、ジェスナーは殊更に挑発する様な発言は口にしなかったが、一点だけどうしても気になることがあると、クロルドに妙な問いかけを投げかけてきた。


「大変失礼な物いいになってしまって恐縮ですが、今回貴国からは、ふたりの元犯罪者が入学してきたと伺っております。その真偽や如何に」


 冷たい刃を突きつける様な勢いで切り込んできた。クロルドは咄嗟に、リテリアとアルゼンのことを指しているのだと理解した。


「元犯罪者というのは、誤りです。飽くまで冤罪であって、最初から罪は無かったのですから」

「結果を論じているのではありません。一度でも犯罪者として穢れた身が、この太聖大学に足を踏み入れることの是非を問うているのです」


 飽くまでも退こうとしないジェスナー。

 クロルドは内心で舌打ちを漏らした。


(こいつ……エヴェレウス王家がその穢れたふたりを、太聖大学に送り出したことに加担しただろうっていいたい訳だな)


 ならば、ここは徹底して否定し続けるしかない。

 例えそれが、アルゼンを助けることになろうとも。


「おっしゃりたいことは分かりますが、我が国としてはかの者共の身が穢れたとは考えておりません。ここで自由に学ぶことには何の支障も無いというのがエヴェレウス王家の判断です」

「……然様ですか」


 ジェスナーはそれ以上、何もいわなかった。ペイジル学長の手前、下手に話を拗らせるのは拙いと考えたのかも知れない。

 だが、こういう手合いは執拗だ。必ず後日、何らかの形で横槍を入れてくるだろう。

 その時にどうやってリテリア達を守ってやれるか。

 クロルドはジェスナーからのこの挑戦を、リテリアに認めて貰う為の試練だと自らにいい聞かせた。


「貴国が罪人ではないとおっしゃるのであれば、そうなのでしょう。逆に興味が沸きました。どの様な御仁なのか、後日改めて御紹介頂けますかな?」


 このジェスナーからの申し入れに、クロルドは若干歯切れが悪いものの、是非にと応じた。応じるしか無かった。


(面倒な奴だな……リテリアとアルゼンを直接攻めようって腹か)


 クロルドの目の届く範囲であれば、どうにでもなる。

 しかし裏で何か仕掛けられた場合には、リテリアを守り切ってやれるのか大いに不安だった。


(いや……ちょっと待てよ)


 この時クロルドの脳裏には、黒衣の巨漢の姿が咄嗟に浮かんだ。

 あの光金級殿なら、リテリアだけでも守り抜いてくれるかも知れない。

 自らの力だけでリテリアを守ってやれないのは不甲斐ない話ではあるが、相手がジェスナーである以上、背に腹は代えられなかった。

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