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71.筆頭枢機卿の娘

 タルネアン太聖大学、事務棟内。

 一階ロビー横の待合スペースでアネッサ、アルゼンと並んでベンチに腰かけていたリテリアは、名を呼ばれて立ち上がり、受付カウンター横の応対窓口へと歩を進めた。

 そこで中年女性の職員が何枚かの文書を窓口カウンター上に並べ、慣れた手つきで色々と書き込んでいる。


「リテリア・ローデルクさんですね……お待たせしました。入学手続きはひと通り終わりましたので、こちらをお渡し致します」


 そういって手渡されたのは、学生寮の個室鍵と学生証だった。

 この大学に通う学生は、基本的には寮住まいとなる。それはアネッサやアルゼンも同じで、それぞれ女子寮と男子寮に専用の個室が貸与されることになっていた。

 尚、王族や上位の貴族は通学用の別荘を用意し、馬車で通学することが認められている。が、経費は一切個人持ちの為、余程に裕福な家門でなければ、大体寮を借りることになるらしい。

 次いでアネッサ、アルゼンも入学手続きが完了し、それぞれ個室鍵と学生証を受け取ると、リテリアと一緒になって事務棟を出た。


「荷物は、明日には届くんだって」

「今夜は持参した着替えで過ごすしかないってことね」


 アネッサに答えながら、リテリアは一泊分の荷物を押し込んだ鞄を肩に抱えた。


「さて、今日やるべきことはひと通り終わったし……これからどうする?」


 アルゼンが、人影がまばらになり始めた門前広場に視線を這わせた。

 このまま寮の個室に戻っても暇なだけだろうから、これから数年を過ごすであろう街並みを探検するのも面白いかも知れない。


「折角だから、この街のオススメ料理とかも食べてみたいよね」


 アネッサの提案に、リテリアとアルゼンもすぐに乗った。ならばということで、今夜一泊分の荷物を個室に放り込んでから、寮門前の通りで落ち合おうという運びとなった。

 リテリアの個室は女子寮三号棟の二階。

 中を覗いてみると、ひと通りの家具やベッドが完備されており、生活してゆく分には何の支障も無い様に思われた。

 そして意外なことに、バスルームも完備されている。学生用の住まいとしては、かなり充実しているといって良い。


(シンフェニアポリスの聖癒士宿舎でも、ここまで何もかも全部揃ってなかったんだけど……)


 若干のカルチャーショックの様なものを感じたリテリアだったが、しかしよくよく考えてみれば、この寮で生活するのは何もリテリアの様な平民上がりの者だけではない。

 アルゼンの様な現役の貴族子息令嬢や騎士といったひとびとも、ここで生活するのだ。どんな身分の者が利用するか分からない以上、それなりの設備を整えておかなければ後々問題になるのかも知れない。


(でも、ここでの生活に慣れちゃったら、シンフェニアポリスに帰ってからが大変かもね……)


 内心で苦笑を漏らしつつ、リテリアは鞄をベッドの上に放り投げるとすぐに部屋を出て施錠した。


(あ……そういえば、ソウルケイジ様は今、どこに居るんだろ?)


 今更になって思い出したが、あの黒衣の巨漢は大学前で別れて以降、姿を見せていない。どうせ彼のことだからリテリアの位置は精確に把握しているだろうが、彼を誘いもせずに三人だけで食事に出かけるというのも、少し気が引けた。

 そこでリテリアは、もしかすると自分の念の声を拾ってくれるかも知れないと妙な期待を抱いて、心の中でソウルケイジに呼び掛けてみた。

 が、反応は無かった。

 念が届いていないのか、或いは単に無視されただけなのか。


(まぁ、良っか……どうせお誘いしたって、何も食べないんだろうし……)


 そんなことを思いながら女子寮三号棟一階ロビーへと下りたところで、数人の女子集団と遭遇した。

 彼女達はリテリアを見ると何故か探る様な視線を送ってくるのだが、リテリアとしては会ったことも無い相手ばかりだったこともあって、軽く会釈だけしてそのまま通り過ぎるつもりだった。

 ところが――。


「ちょっと貴女、ミラベル様にご挨拶もしないで素通りするなんて、非常識にも程があるんじゃなくて?」


 不意に、その集団のひとりが詰め寄るかの如き勢いで迫ってきた。

 随分と豪奢なドレスを着ていると思ったが、よくよく見れば、彼女以外の娘達もそれなりに良い素材のドレスを纏っている様だ。

 とういことは、この集団は貴族令嬢のグループだったのだろうか。

 しかしミラベルという女性は一体、何者なのだろうか。少なくともリテリアは、エヴェレウス王国内ではその様な高位貴族令嬢の名は聞いたことが無い。

 となれば、他国の貴族令嬢だろうか。


「あら……わたくしの名を、ご存じない? これはまた、とんだ田舎からお越しになったものね」


 貴族令嬢達が左右にさっと分かれて道を開けると、その奥には、ソファーに腰かけたまま折り畳んだ扇を弄んでいる美女の姿があった。

 他の令嬢とは明らかに格が異なる、とびきり豪奢なドレスを纏ったその女性が恐らく、ミラベルなる人物なのだろう。

 しかし矢張り、リテリアの記憶には無い女性だった。一体何者なのだろうか。


「まぁ、何て恥知らずな……カレアナ聖教国、筆頭枢機卿クラレオス・ド・フェヴァーヌ大聖導師様のご息女、ミラベル・ド・フェヴァーヌ嬢ですわよ! ぼーっと突っ立ってないで、ご挨拶なさい!」


 先程、リテリアに詰め寄ってきた気の強そうな顔立ちの貴族令嬢が、甲高い声で吠えた。

 他の令嬢達も、怒りと嘲りを込めた視線を槍衾の様に叩きつけてくる。

 リテリアは困惑を隠し切れない。

 ここタルネアン太聖大学では、身分や生まれ、財力による差別は一切禁止の筈だ。にも関わらず、この様な上下関係を強いる行動が横行しているというのは如何なものであろう。

 しかしリテリアは、ここで余計な騒ぎを起こして足止めを喰らうのは真っ平御免だと即断した。


「大変失礼致しました。存じ上げなかったとはいえ、ご無礼をお詫び申し上げます。わたくし、エヴェレウス王国王都シンフェニアポリスの聖導会本部より参りました、リテリア・ローデルクと申します」


 リテリアは王宮でも十分通用する様にと特訓に特訓を重ねてきた作法に則り、丁寧に挨拶した。

 これに対し、ミラベルは、


「宜しく、ローデルク嬢。少し、お時間宜しいかしら?」


 と、すぐには解放してくれなさそうなひと言を発した。


(うわぁ……参ったなぁ)


 入寮初日にして早速、面倒なことに巻き込まれた。

 リテリアは内心で、頭を抱えた。

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