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70.新生活は修羅の道

 カレアナ聖教国は、聖癒士達が所属するカレアナ聖導会の総本山と呼ぶべき国家である。

 政治や経済は聖導会がそれぞれ専門の機関を置き、他国と同等の組織形態を運営することで、国としての体裁を実現している。

 その他の組織、例えば国土安全や防衛、国民生活総務、文部関連など、国家の体を為す上で必要な組織には全て聖導会の指導部から人員が派遣され、他国と互角に渡り合う自治的存在としてエヴェレウス王国北部に広大な領地を擁していた。

 この国に於いては税はお布施という形で献上され、それらを各機関に予算として配分している。

 また、国軍は全て聖兵と呼ばれる戦士達によって編成されており、その攻撃力はエヴェレウスの王立騎士団には及ばないものの、国土を守り抜く鉄壁の守りは決して見劣りしないとして他国からも一目置かれていた。

 首都はムルペリウス。堅牢な城壁に守られ、毎年訪れる厳しい冬にも耐えられる様に諸々の魔術的技法で防寒対策が取られている街である。

 このムルペリウスに、聖教国最高学府であるタルネアン太聖大学が置かれている。

 毎年9月を始業月としており、入学も同じ時期に執り行われる。

 そして今年。

 特級聖癒士リテリアと、元下級聖癒士で現在は万職のアネッサのふたりは遠路はるばるムルペリウスへと足を運び、これから大学への入学手続きを取ろうとしていた。

 大学へと続く大通り上、そのふたりの左右には男の影がふたつ。

 一方はいわずもがなのソウルケイジだが、もう一方はアルゼンだった。


「いやぁ~、まさかアルゼン様までご入学なさるなんて、ちょっと予想外でしたよ~」

「入学資格の上限年齢は25歳だから、一応要件は満たしているよ」


 アネッサに話を振られたアルゼンは、幾分はにかんだ様子で笑みを返した。

 しかし、何故アルゼンまでもが一緒になって入学することになったのか。リテリアは余り詳しい話は聞いていなかったのだが、どうやら王太子アーサーの指金らしい。

 その主目的は聖導師資格の取得ではなく、新たに解禁となったカレアナ式戦闘技術の習得にある様だ。

 以前リテリアもソウルケイジから、聖教国で教義が一部改正され、戦闘技術習得が認められる様になったことを知った。

 その流れに合わせるかの如く、太聖大学に於いても戦闘技術修練が正式科目として導入される運びになったとの由。

 そこでアーサーはアルゼンを抜擢し、大学の武技科コースに短期入学してその技をひと通り学んで来いと命じたのだという。何故王太子がアルゼンを選んだのかについては結局語られなかったが、恐らく彼はリテリアとアネッサに恩を感じているアルゼンならば決して間違いは犯さないだろうと期待を寄せているものと思われる。


「うわぁ……ここが大学かぁ。でっかいなぁ。王宮みたい」


 タルネアン太聖大学の正門前に至ったところで、アネッサは足を止めてその威容に感嘆の声を上げた。

 全体的に白を基調とした石造りの建物が多く見られ、機能性よりも見た目の美しさを優先した構造となっているものが主流を占めている様に思える。

 大学構内を行くひとびとは高貴さと清廉さに加えて、物静かな雰囲気を漂わせている姿が多い。聖導会の精神を教師や生徒、更には全ての職員までもが体現しようと努めているのが分かる。

 シンフェニアポリスの聖導会本部は、もう少し砕けた空気感が漂っていた。その為、比較的自由な空気に慣れているリテリアとしては若干窮屈な気がしないでもなかったが、息が詰まるという程のものでもない。

 普通に生活し、学んでゆく分には何の支障も無いだろう。


「それじゃあ早速……」


 諸々の入学用文書を収めた鞄を背負い直したアネッサが、妙に気合を入れた様子で門をくぐった。その後にリテリアも続いたのだが、彼女は数メートルも進まないうちに思わず足を止めてしまった。


(あれ……あの馬車、まさか……)


 正門近くの教授棟前に、一台の豪奢な馬車が停まっているのが見えた。その外観に見覚えがあった。

 確か、エヴェレウス王家御用達の馬車だった筈だ。そんなものが何故、この大学構内にあるのだろう。

 リテリアは奇妙な程に悪い予感を覚えてならなかった。


「どうしたんだい?」

「あ、いえ、何でもありません」


 アルゼンに問われ、リテリアは繕う様な笑みを返した。が、矢張りあの馬車のことが気になる。

 するとアルゼンもリテリアの視線の先に気付いたらしく、同じ様に小首を傾げた。


「あれ? クロルド殿下は明後日到着と聞いてたんだけど、予定が早まったのかな?」

「……今、何とおっしゃいました?」


 さっきの嫌な予感の正体は、これだったのか。

 リテリアは自分でも分かる程に、頬の筋肉が盛大に引きつるのを感じた。


「もしかして、聞いてなかった? クロルド殿下も留学なさるんだよ。新たに創設された聖教国政務論を学ぶ為だとかで」


 そんな話、聞いてない――リテリアは咄嗟に、後方を振り返った。いつも自分を守ってくれている筈のソウルケイジは、正門の外に佇んでいる。彼は部外者だから敷地内には入れない。

 つまりここから先は、リテリア自身で面倒事に対処してゆかなければならないという訳だ。

 枝先の里では最終的には結界が消失してソウルケイジが助けに飛び込んできてくれたが、流石にここではそうはいかない。


(あぁ……そんな、マジですか……)


 内心で思わずがっくりと項垂れたリテリア。

 折角アネッサやアルゼンといった気心の知れたメンバーと、少しばかり楽しげな学生生活を送ることが出来ると思っていたのに。


(多分殿下も知ってるわよね、私が入学してくること……知らない筈、無いわよね)


 まさか外国で婚姻云々の話を持ち出してくることはないだろうが、それでも矢張り、心にずしりと圧し掛かってくるものがある。なるべく顔を合わせない様にするしか無いだろうか。

 幸い、リテリアが学ぶのは聖癒士専門コースだ。

 一般教科さえ警戒すれば、何とかなる。いや、何とかしなければならない。

 今の段階から既に、先が思いやられる気分だった。

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